井上勝英

昭和期の農林官僚、政治家、華族

井上 勝英(いのうえ かつひで、1911年明治44年〉12月26日[1] - 1997年〈平成9年〉10月7日[2])は、昭和期の農林官僚政治家華族貴族院子爵議員

井上勝英
いのうえ かつひで
生年月日 1911年12月26日
没年月日 (1997-10-07) 1997年10月7日(85歳没)
出身校 東京帝国大学農学部農業経済学科卒業
(現東京大学農学部)
前職 日本農業研究所研究員補
現職 農村更生協会副会長
農村更生協会常務理事
所属政党 研究会
配偶者 井上美恵子
親族 祖父・松浦詮(貴族院議員)
伯父・松浦厚(貴族院議員)
伯父・佐竹義準(貴族院議員)
伯父・大隈信常(貴族院議員)
父・井上勝純(貴族院議員)
義父・林博太郎(貴族院議員)

在任期間 1946年6月28日 - 1947年5月2日
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経歴

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海軍士官井上勝純の長男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1939年1月16日[注 1]子爵を襲爵した[1][4]

1937年(昭和12年)3月、東京帝国大学農学部農業経済学科を卒業[3][5]1939年(昭和14年)東京高等農林学校(現東京農工大学)助教授に就任[6]。以後、農商事務官、農林事務官、総力戦研究所第二期研究生、南京日本大使館嘱託、農商大臣秘書官事務取扱、農村更生協会主事、日本農業研究所研究員補などを務めた[6]

1946年(昭和21年)6月28日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[7][8]研究会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[6]

戦後は、農村更生協会副会長・常務理事を務めた[1]

1997年(平成9年)10月、脳梗塞により死去した[2]

親族

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  • 妻:美恵子(林博太郎六女)[1]
  • 長女:貴美子(山本祐義夫人)[1]
  • 長男:勝正[1]
  • 二男:勝重[1]

脚注

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注釈

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  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成 上巻』187頁では1月17日。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h 『平成新修旧華族家系大成 上巻』187-188頁。
  2. ^ a b 『明日の食品産業 平成9年第12号』38頁。
  3. ^ a b 『人事興信録 第14版 上』イ14頁。
  4. ^ 『官報』第3608号、昭和14年1月17日。
  5. ^ 『東京帝国大学一覧 昭和12年度』東京帝国大学、1937年、522頁。
  6. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』34頁。
  7. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、57頁。
  8. ^ 『官報』第5843号、昭和21年7月8日。

参考文献

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  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 上巻』霞会館、1996年。
  • 『明日の食品産業 平成9年第12号』食品産業センター、1997年。


日本の爵位
先代
井上勝純
子爵
井上(勝)家第3代
1939年 - 1947年
次代
華族制度廃止