久良親王
鎌倉時代末期~南北朝時代の公卿、皇族。久明親王の二子次男。従三位左中将、非参議。勅撰集『風雅和歌集』『新千載和歌集』に2首入集。子に源宗久
久良親王(ひさながしんのう/ひさよししんのう)は鎌倉時代末期から南北朝時代の公卿・皇族。土御門入道親王と称される。式部卿久明親王(鎌倉幕府第8代将軍)の二男。母は権中納言冷泉為相の娘。異母兄に守邦親王(鎌倉幕府第9代将軍)。無品王から従三位左中将を経て親王に復した。子は従一位・権大納言に至った源宗明。
久良親王 | |
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続柄 | 久明親王第二子 |
称号 | 土御門入道親王 |
身位 | 親王 |
出生 |
延慶3年(1310年) |
死去 |
不詳(貞和3年(1347年)以降) |
子女 | 源宗明 |
父親 | 久明親王 |
母親 | 冷泉為相の娘 |
経歴
編集以下、『公卿補任』、『尊卑分脈』、『後深草天皇實録』の内容に従って記述する。
源宗明の父として
編集洞院公定の日記『玉英記』の記事に従えば、源宗明は久良親王の息男ということになる[4]。また、『師守記』の内容から判断すると、当時既に出家していた久良親王(土御門入道親王)から臣籍降下した後に親王に復した例について意見を求められて所見を述べた[5]とあるのは、息男宗明の行く末を案じて中原師守に質問をしていると考えられる。なお、源宗明は最終的には従一位に叙せられたが、親王に復すことはなかった。