中村 恭平(なかむら きょうへい、1989年3月22日 - )は、福岡県福岡市博多区出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。妻は元グラビアアイドル清水ゆう子

中村 恭平
2017年11月20日 由宇練習場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県福岡市博多区
生年月日 (1989-03-22) 1989年3月22日(35歳)
身長
体重
185 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト2位
初出場 2011年6月26日
最終出場 2020年11月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

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プロ入り前

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福岡県福岡市にて出生。その後神奈川県に移住し、小学校4年時に横浜市のあざみ野ビーバーズで野球を始める。野球を始めたきっかけは、小学校の時に友達から「練習来ればお菓子もらえるよ」と誘われたこと[1]。緑東リトル時代に全国大会に出場。中学では横浜青葉ボーイズに所属し、投手として活躍。

島根県立正大淞南高に進学。1年秋からベンチ入りしたが、の故障のため、本格的に投げ始めたのは3年時。3年夏は梶谷隆幸のいた開星高校に敗れ、県8強。高校3年間で身長が22cm伸びた[2]。背が伸びた理由は、煮干しを食べ続けたからとのこと。入学時は身長158cmだったが、180cmを超えるまでになった。

富士大学では1年春からベンチ入り。3年春の大学選手権、近大戦で2番手としてリリーフ登板し全国デビュー。自身最速更新の149m/hを計測し、ほぼストレートのみで3回を無失点に抑える投球で注目された。7月の東北王座決定戦、東北福祉大戦では最速153km/hを計測。北東北大学リーグ通算成績は5勝3敗、防御率1.78[3]。大学卒業後の進路はプロ志望だったが、社会人野球トヨタ自動車からも内定を貰っており、同社の意向でドラフト3位以下なら入社することになっていた[4]

2010年10月28日のプロ野球ドラフト会議広島東洋カープから2位指名を受けた。11月10日に、契約金7000万円・年俸1000万円(金額は推定)で仮契約した[5]背番号は同年引退した高橋建22[6]

広島時代

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2011年6月26日の中日ドラゴンズ戦でプロ入り初登板・初先発を果たし、5回1/3を無失点に抑えている[7]。その後、二軍では3勝10敗の成績[8]を残すも、一軍では3試合の登板だった。

2012年も二軍では3勝3敗の成績[9]を残すも、一軍では8試合の登板に終わっている。

2013年は開幕一軍入りは逃すも、4月21日の読売ジャイアンツ戦で2年ぶりの先発を果たし6回1/3を4失点であった[10]。そして、4月28日の対中日戦で7回を3安打無失点に抑え、プロ初勝利を記録した[11]。しかし、その後は勝ち星をつかむことなく、シーズンを終えた。

2017年、2月1日に元グラビアアイドル清水ゆう子と翌2月2日に結婚することが明らかになった[12]。2月2日、清水との婚姻届を提出した[13]。しかし、シーズンでは一軍登板なしに終わり、11月22日に背番号を64に変更することが球団から発表された[14]

2019年、開幕を二軍で迎えるが、2018年オフから重点的に行っていた上半身のトレーニングが実を結び、直球に磨きがかかり、救援投手として活躍を見せるようになる。これまで活躍していた投手陣の不調も相まって、最終的には43試合に登板して0勝1敗12ホールド、防御率2.64という過去最高の成績を収め、後半戦はセットアッパーとして起用された[15]

2020年は春季キャンプ終盤に右腹直筋損傷で離脱したことで出遅れ[15][16]、シーズン中に故障を再発したことで投球フォームが定まらなくなった[17]。一軍での登板は14試合にとどまった。

2021年、前年の故障が尾を引き、球威が戻らず、変化球の制球力も欠いた[17]。二軍公式戦16試合の登板で防御率7.32の成績に終わり[18]、この年は1度も一軍に昇格できないまま、10月14日に球団より戦力外通告を受けた[19][17][20]

引退後

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退団後はライブリッツに入社し、同社主催のセミナーにも出演している[21]

選手としての特徴・人物

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中村の投球フォーム

スリークォーターから最速156km/h[15]ストレートに加えスライダーカーブを投げ分ける[1]。打者の内角を突く速球が持ち味で、本人もストレートには強いこだわりを持っている[6]。セットアッパーとして活躍した2019年は平均150km/hを投じていた[15]。プロ入り後は制球を重視してセットポジションから投球していたが、3年目の2013年からはセットでも制球が悪くなったことからワインドアップでも投げるようになり[10]、指のかかりが良くなり球威が増した[22]

立正大淞南高時代は変化球を主体とした投球スタイルだったが、高校時代に急に身長が伸びすぎたため変化球の制球が定まらなくなった。代わりに球速が向上したため、大学野球ではストレートを主体とした投球をするようになった[2]。憧れの選手は同じサウスポー陳偉殷[23]

大学時代、新宿歌舞伎町を歩いていたところ、ホストスカウトを受けた経験がある[24]。大学2年時に実家のある神奈川県に帰省した時のことだという。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
2011 広島 3 3 0 0 0 0 2 0 0 .000 57 13.1 12 0 7 0 0 4 2 1 6 6 4.05 1.43
2012 8 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 56 13 10 0 8 0 1 6 2 0 8 7 4.85 1.38
2013 12 11 0 0 0 1 5 0 0 .167 230 52.1 43 6 37 0 1 31 4 0 24 23 3.96 1.53
2015 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 18 3.1 7 1 1 0 0 3 0 0 5 4 10.80 2.40
2016 8 8 0 0 0 1 1 0 0 .500 156 35 41 3 18 0 0 17 0 0 21 21 5.40 1.69
2018 8 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 75 14.1 20 0 14 1 0 11 0 0 12 12 7.53 2.37
2019 43 0 0 0 0 0 1 0 12 .000 181 44.1 31 5 17 2 2 58 0 0 16 13 2.64 1.08
2020 14 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 44 9.1 7 0 8 0 1 4 0 0 1 1 0.96 1.61
通算:8年 97 24 0 0 0 2 11 0 13 .154 817 185.0 171 15 110 3 5 134 8 1 93 87 4.23 1.52
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績

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投手












2011 広島 3 0 6 0 0 1.000
2012 8 0 2 0 0 1.000
2013 12 3 12 1 0 .938
2015 1 0 0 0 0 ----
2016 8 0 5 0 0 1.000
2018 8 0 3 0 1 1.000
2019 43 2 6 0 0 1.000
2020 14 0 2 0 0 1.000
通算 97 5 36 1 1 .976
  • 2021年度シーズン終了時

記録

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初記録
投手記録
  • 初登板・初先発:2011年6月26日、対中日ドラゴンズ6回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、5回1/3 無失点
  • 初奪三振:同上、2回表に平田良介から空振り三振
  • 初勝利:2013年4月28日、対中日ドラゴンズ6回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回無失点
  • 初ホールド:2019年5月5日、対読売ジャイアンツ8回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、4回表二死から2番手で救援登板、1回1/3無失点
打撃記録
  • 初安打:2013年4月28日、対中日ドラゴンズ6回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回裏に山内壮馬から中前安打

背番号

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  • 22(2011年 - 2017年)
  • 64(2018年 - 2021年)

登場曲

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脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ a b 運命の日を前に ドラフト候補インタビュー『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、86-87頁。
  2. ^ a b 中村(富士大)上位指名待つ 28日にドラフト会議」『岩手日報』2010年10月26日。2011年3月20日閲覧
  3. ^ 広島2位・中村“160”キロ超え左腕目指す 産経スポーツ
  4. ^ 富士大・中村がプロ志望表明 日刊スポーツ、2010年10月4日。
  5. ^ 2位指名の富士大・中村、建さんのように世界へ! スポーツ報知、2010年11月11日付け記事
  6. ^ a b 鯉ドラ2・中村、破壊王襲名じゃ! デイリースポーツ
  7. ^ ドラ2の中村恭 プロ初登板初先発で力投! スポーツニッポン 2011年6月26日付記事
  8. ^ 2011年度 広島東洋カープ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)」日本野球機構。2013年4月22日閲覧
  9. ^ 2012年度 広島東洋カープ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)」日本野球機構。2013年4月22日閲覧
  10. ^ a b 中村恭が熱投 ローテ崩壊危機救った」『デイリースポーツ online』デイリースポーツ、2013年4月22日。2013年4月22日閲覧
  11. ^ 広島・中村恭、プロ初勝利「楽な気持ちで投げられた」」『サンケイスポーツ』2013年4月28日。2013年4月28日閲覧
  12. ^ コイ実った!広島・中村恭平、人気グラドル清水ゆう子とスピード婚」『SANSPO.COM』サンケイスポーツ、2017年2月1日。2017年2月1日閲覧
  13. ^ 清水ゆう子、広島・中村恭平と“記念日”に結婚「2月2日、お互いの誕生日や背番号に縁のある日」」スポーツ報知、2017年2月2日。2017年2月3日閲覧
  14. ^ 来季の背番号変更選手 および 新入団選手背番号のお知らせ - 広島東洋カープ公式サイト、2017年11月22日。
  15. ^ a b c d 広島・中村恭平投手 目標の160キロに接近/わがチームの速球王 | 野球コラム」『週刊ベースボールONLINE』2020年4月23日。2021年10月15日閲覧
  16. ^ 広島・中村恭は現状維持 登板14試合、不本意な1年「もう一回体を作り直す」」『デイリースポーツ online』2020年11月23日。2021年10月15日閲覧
  17. ^ a b c 広島・中村恭が戦力外「終わったんだな、と」 現役続行を希望」『デイリースポーツ online』2021年10月15日。2021年10月15日閲覧
  18. ^ 2021年度 広島東洋カープ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)」日本野球機構。2021年10月15日閲覧
  19. ^ 来季の選手契約について」『広島東洋カーブ』2021年10月14日。2021年10月21日閲覧
  20. ^ 広島09年ドラ1今村猛が戦力外、現役引退か 中村恭平ら5投手も戦力外」『日刊スポーツ』2021年10月14日。2021年10月15日閲覧
  21. ^ 『元プロ野球選手とスポーツテック専門家が語る ~感覚×テクノロジーの活用法~』 -スポーツテックセミナー vol.3- - Peatix、2022年6月7日閲覧。
  22. ^ 広島 中村恭 プロ初勝利 マエケン同級生は歌舞伎町でホストに勧誘された」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年4月29日。2013年4月29日閲覧
  23. ^ 広島2位中村がホストからスカウトの過去」『日刊スポーツ』2010年12月9日。2024年4月20日閲覧
  24. ^ イケメン中村に「早婚のススメ」…広島」『スポーツ報知大阪版』2010年12月9日。2010年12月11日閲覧

関連項目

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外部リンク

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