中城王子
琉球王国の王世子の称号
概要
編集琉球王国の王世子は、中城間切(現:中城村、北中城村、うるま市(津堅島))を領地(采地)として賜ったので、中城(なかぐすく、なかぐしく)王子と呼ばれた。王世子ははじめは童名(わらびな)で呼ばれるが、5歳くらいになると中城間切を領地として賜り中城王子を称し、中城御殿に移り住んだ。またここから王子のことを俗に中城御殿とも呼んだ。
中城王子は、他に御太子(ぐてーし)、黄金加那志前(くがにがなしーめー)、東宮、春宮、儲君(ちょくん)とも呼ばれた。中城王子の妃は、野嵩按司加那志(のだけあじがなし)と称し、俗に野嵩御殿と呼ばれた。
冠は烏紗帽(うさぼう)や赤字金入浮織冠をかぶり、簪は牡丹形黄金髪差と黄金添差を差した。
参考文献
編集- 沖縄大百科事典刊行事務局編『沖縄大百科事典』下 沖縄タイムス社 1983年
- 宮里朝光監修・那覇出版社編『沖縄門中大事典』那覇出版社 1998年 ISBN 4-89095-101-6