三浦亨
日本のダンサー、振付師
三浦 亨(みうら とおる、1946年 - )は、日本の振付師、ダンサー[1]。宮城県出身。
みうら とおる 三浦 亨 | |
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生誕 |
1946年 日本・宮城県 |
別名 | カーニバル三浦 |
職業 |
ダンサー 振付師 |
活動期間 | 1970年 - |
カーニバル三浦という芸名での活動もしている[2]。
来歴・人物
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1970年、西条満の元でダンサーとしてデビュー[3]。1973年に天地真理「恋する夏の日」で振付師としてデビュー[3]。1970年代中盤から1980年代まで放送されたNHKの音楽番組『レッツゴーヤング』でダンス指導を担当し、所謂「80年代アイドル」やバックダンサーのスクールメイツの振り付けを多く担当する[3][2]。
1985年からはおニャン子クラブの振り付けを担当。以降フジテレビの番組の振り付けを多く担当する[3]。
1997年、ピチカート・ファイヴの「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」の振り付けを担当[2]。この時の出会いから、以降解散まで振り付けを担当した。
2008年、『クイズ!ヘキサゴンII』から生まれたユニット羞恥心の「羞恥心」の振り付けを担当[3]。この曲以後、ヘキサゴン関係の曲の振り付けのほとんどを担当している。同年の『第59回NHK紅白歌合戦』で羞恥心 with Pabo「羞恥心〜陽は、また昇る 紅白スペシャル」の振り付けを担当、バックダンサーとして出演もした。2009年には遊助(上地雄輔)の楽曲「海賊船」のPVに出演している[3]。
主な振り付け担当番組
編集主な振付作品
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- 天地真理「恋する夏の日」(1973年)
- キャンディーズ「年下の男の子」(1975年)
- 松原みき「真夜中のドアSTAY WITH ME」 (1979年)
- 榊原郁恵「ROBOT」(1980年)
- 松田聖子「裸足の季節」(1980年)
- 早見優「急いで!初恋」(1982年)
- 堀ちえみ「稲妻パラダイス」(1984年)
- 中森明菜「十戒 (1984)」(1984年)
- アン・ルイス「六本木心中」(1984年)
- 荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」(1985年)、「六本木純情派」(1986年)
- 本田美奈子「Oneway Generation」(1987年)
- 和田アキ子「だってしょうがないじゃない」(1988年)
- 森高千里「ザ・ストレス」(1989年)
- とんねるず「ガラガラヘビがやってくる」(1992年)
- ピチカート・ファイヴ「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」(1997年)
- オジャパメン「オジャパメン」(1997年)
- Re:Japan「明日があるさ」(2001年)
- はっぱ隊「YATTA!」(2001年)
- 堀内健「ホリケンサイズ」(2002年)
- WaT「TOKIMEKI☆DooBeeDoo」(2008年)
- 『クイズ!ヘキサゴンII』関連
- 羞恥心「羞恥心」「泣かないで」「弱虫サンタ」(2008年)
- アラジン「陽は、また昇る」(2008年)
- 里田まい with 合田兄妹「もうすぐクリスマス」(2008年)、「バイバイ」(2009年)
- 南明奈のスーパーマイルドセブン「I Believe 〜夢を叶える魔法の言葉〜」(2009年)
- 新選組リアン「男道」(2009年)
ほか
脚注
編集- ^ "振付師のレジェンド・三浦亨が語る、松田聖子・中森明菜・荻野目洋子・少年隊の振付秘話「ディスコで遊んでたから『ダンシング・ヒーロー』ができた」". 週刊女性PRIME. 主婦と生活社. 3 February 2024. 2024年2月3日閲覧。
- ^ a b c fsharpfactory 三浦亨
- ^ a b c d e f g 三浦亨 Japan Entertainment Academy