一橋文哉
日本のジャーナリスト
来歴
編集ペンネームは毎日新聞記者・サンデー毎日副編集長であった事から「一ツ橋のブン屋」を捻ってつけたものである。1995年「ドキュメント『かい人21面相』の正体」(雑誌ジャーナリズム賞受賞)でデビュー[2]。新潮社発行の『新潮45』で執筆。昭和から平成の大事件に関する著書がある。本名で発表した著書を立花隆に酷評されたことがきっかけで、変名にした。「個人」としては存在せず、複数記者による取材班のチーム名とも言われている(暴力団や裏社会を取材する際の、身の安全上必要と思われる)[3]。
毎回“犯人”に会うなどして“新事実を発見”し、“世紀の大スクープ”を連発しているものの、その後、新聞やテレビが後追い報道したことは無く、内容には過剰な創作表現や盗作が含まれるとの声もある[3]。
麻原彰晃の最期について、メディアの報道とは全く異なる記述をしている。一橋によれば麻原は「チクショー。やめろ」と叫びながら独居房から刑場へ連れて行かれ、連行中はブツブツ小言を言い、苦しみながら絶命したという[4]。しかし週刊朝日(オンライン版2018年7月15日)の報道では連行中の麻原はさしたる反応もなく、暴れたり声を発したりすることはなかったとされる[5]。法務省は死刑執行文書を開示しているが、執行状況は黒塗りであり、麻原の最期や死亡時の状況は不明である[6]。
著書
編集- 『幼児売買 ―マフィアに侵略された日本―』(毎日新聞社、1992)本名で執筆
- 『闇に消えた怪人 ―グリコ・森永事件の真相―』(新潮社、1996)のち文庫
- 『三億円事件』(新潮社、1999)のち文庫
- 『オウム帝国の正体』(新潮社、2000)のち文庫
- 『宮崎勤事件 ―塗り潰されたシナリオ―』(新潮社、2001)のち文庫
- 『「赤報隊」の正体 ―朝日新聞阪神支局襲撃事件―』(新潮社、2002)のち文庫
- 『ドナービジネス』(新潮社、2002)のち文庫
- 『未解決 ―封印された五つの捜査報告―』(新潮社、2011)文庫版のみ
- 『となりの闇社会』(PHP新書、2012)
- 『国家の闇』(角川書店、2012)
- 『マネーの闇』(角川書店、2013)
- 『モンスター ―尼崎連続殺人事件の真実―』(講談社、2014)
- 『餃子の王将社長射殺事件』(KADOKAWA、2014)
- 『世田谷一家殺人事件 ―15年目の新事実―』(角川書店、2015)
- 『オウム真理教事件とは何だったのか?』(PHP新書、2018)
- 『外国人ヒットマン』KADOKAWA、2019年9月。ISBN 978-4-04-105929-6。
- 『政界ヤクザ』KADOKAWA〈角川文庫〉、2020年6月。ISBN 978-4-04-109406-8。
- 『もう時効だから、すべて話そうか 重大事件ここだけの話』小学館〈小学館文庫〉、2021年5月。ISBN 978-4-09-407011-8。
脚注
編集- ^ a b “人名事典「一橋文哉」”. PHP研究所. 2019年9月20日閲覧。
- ^ a b “世田谷一家殺人事件〜実行犯は今、次なる「超大物」ターゲットを狙っている(一橋 文哉) @gendai_biz”. 現代ビジネス. 2022年1月16日閲覧。
- ^ a b 「早川清」が育てた“スター・ライター”「一橋文哉」の正体 yanagiharashigeo.com(柳原滋雄の公式サイト):コラム日記 2005年2月23日、2019年9月19日時点のアーカイブ
- ^ “「チクショー。やめろ」 オウム真理教・麻原死刑囚最後の日”. Web Voice (2018年8月9日). 2019年9月20日閲覧。
- ^ “オウムの麻原、井上、土谷、新実ら死刑囚の最期の瞬間「その後、仕事できず」と検察幹部”. AERA dot. (2018年7月15日). 2019年9月20日閲覧。
- ^ “松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示”. 朝日新聞デジタル (2018年8月8日). 2019年9月20日閲覧。