ヴァン・モリヴァン
カンボジアの建築家(1926-2017)
ヴァン・モリヴァン(クメール語: វណ្ណ ម៉ូលីវណ្ណ, 英語: Vann Molyvann、1926年11月23日[1] - 2017年9月28日)は、カンボジアの建築家。
ヴァン・モリヴァン | |
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生誕 |
1926年11月23日 フランス領インドシナ、カンボジア保護領、カンポット州 |
死没 |
2017年9月28日(90歳没) カンボジア、シェムリアップ |
国籍 | カンボジア |
出身校 | パリ国立高等美術学校 |
職業 | 建築家 |
受賞 | 日経アジア賞文化部門(2013) |
建築物 |
en:Chaktomuk Conference Hall 独立記念塔 en:Institute of Foreign Languages プノンペン・オリンピックスタジアム 王立プノンペン大学 en:White Building (Phnom Penh) |
プロジェクト | ニュー・クメール建築 |
経歴
編集貧農の家庭に生まれる。奨学金を得て1946年からパリに留学[1]。法学を1年間学んだ後、建築学に転身するため国立高等美術学校に入学。
1956年に帰国してからは、独立記念塔などの建築を手掛け「ニュー・クメール建築」という体系を確立した。
1965年、プノンペン王立芸術大学。1967年からは教育・芸術大臣に任命されるも、1970年にロン・ノルのクーデターでノロドム・シハヌーク政権が倒れると、スイスに亡命する。国連人間居住計画に10年間勤務し、1991年に国連教育科学文化機関職員として帰国。1993年、王政復古によりシヌハークが国王になり、モリヴァンは文化担当大臣に就任した。任期中はカンボジア内戦で荒れたアンコール・ワットの修復に努めた[1]。
2017年9月28日、シェリムアップの自宅で死去[2]。90歳没。
作品
編集-
プノンペン・オリンピックスタジアム
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プノンペン王立大学外国語研究所
脚注
編集- ^ a b c 『現代物故者事典 2015~2017』日外アソシエーツ
- ^ Chakrya, Khouth Sophak. “Breaking: Architect Vann Molyvann dies in Siem Reap at 90” (英語). www.phnompenhpost.com. 2022年6月26日閲覧。