ロストフのディミトリー
ロストフのディミトリー(Dimitry of Rostov、ロシア語: Димитрий Ростовский、ウクライナ語: Димитрій Ростовський、1651年12月11日 – 1709年10月28日)は、フェオファン・プロコポーヴィチによる、ロシア正教会の皇帝教皇主義改革に対して反対に回った人物。
聖ディミトリー | |
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生誕 |
1651年12月11日 ヘーチマン国家 |
死没 |
1709年10月28日 ロシア・ツァーリ国、ロストフ |
崇敬する教派 | 正教会 |
列聖日 | 1757年4月22日 |
列聖決定者 | ロシア正教会 |
彼はいくつかの作品を著しており、その中で最も著名なものは『聖人たちの生活』(Четьи-Минеи)である[1]。
参考文献
編集- ^ “Prelate Dimitry of Rostov”. www.fatheralexander.org. 2017年6月7日閲覧。
この記述には、パブリックドメインの百科事典『ブロックハウス・エフロン百科事典(1906年)』本文を含む。
外部リンク
編集- ロストフのディミトリーの著作 - LibriVox(パブリックドメインオーディオブック)