ル・ジュルナル・ドゥ・ラ・ジュネス
ル・ジュルナル・ドゥ・ラ・ジュネス (仏:Le journal de la jeunesse)は、フランスのイラスト入り週刊誌。10歳から15歳までの子供を対象として、アシェット・リーブルより1873年から1914年にかけて刊行された。
ル・ジュルナル・ドゥ・ラ・ジュネス Le journal de la jeunesse | |
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創刊号 (1873年) | |
ジャンル | 歴史・科学・文学 |
刊行頻度 | 週刊 |
発売国 | フランス |
言語 | フランス語 |
出版社 | アシェット・リーブル |
刊行期間 | 1873年 - 1914年 |
教育記事とフィクションを組み合わせた内容で、1889年に連載を開始したマリー・ルイ・ジョルジュ・コロン作の「コルヌイエ家(La famille Cornouillet)」はのちにバンド・デシネの原型と見なされるようになった。
概要
編集本誌と同じタイトルの雑誌は1816年から翌年にかけて存在している。その後も幾度か発行されるが、フェリシテ・ド・ジャンリスによるこの月刊誌はあまり成功しなかった[1]。 アシェット・リーブルが本誌を立ち上げたのは1873年前半で、10歳から15歳までの子供を対象とした週刊誌としてであった。多くのイラストが入った豪華な内容で、上流階級の子弟向けに予約販売されたが、第一次世界大戦勃発のため、1914年に終刊している[2]。
内容
編集教育論文
編集物理化学、自然科学(動物が多く採り上げられた)、考古学、歴史、地理的内容のドキュメンタリー記事[2]。
フィクション
編集物語(特にオリエンタリズムをテーマとする)や連載小説。イラストはカットだけでなく、有名な画家(エドゥアール・リウー、アンリ・テオフィル・イルディブラン、シャルル・ラプラン、フォルテュヌ・メオル、シャルル・バルバンなど)によってページ全面に描かれた[2]。
コルヌイエ家
編集1889年1月12日、第841号より連載が開始された、コルヌイエ家の4人(アジェノール氏、コルヌイエ夫人、長女アルテミス、次女キュネゴンデ)によるイラスト入り物語[3]。全10話構成で3月16日まで連載された[4]。その後、8月31日に出版社「アルマン・コリン」が立ち上げた雑誌「ル・プチ・フランセ・イリュストレ」[5]に、「フェヌイヤール家」のタイトルで連載を再開。キャラクターはそれまでの特徴を保持しているが、小説ではなく漫画となっている[6]。これは後にバンド・デシネの原型と見なされるようになった。
ギャラリー
編集-
創刊号の挿絵
(1873年) -
コルヌイエ家
(1889年)
脚注
編集- ^ Christine Thirion, « La presse pour les jeunes de 1815 à 1848 », sur bbf.enssib.fr.
- ^ a b c Samuel Minne, « Le Journal de la jeunesse, l'année 1978 - Hachette », sur amicaledesnidsapoussiere.over-blog.com, 27 mars 2014.
- ^ Christophe donne les prénoms de monsieur Cornouillet et de ses deux filles (ces trois prénoms resteront les mêmes dans la La Famille Fenouillard|famille Fenouillard), mais on ignore celui de madame Cornouillet (madame Fenouillard s'appellera Léocadie).
- ^ Le Journal de la Jeunesse : 1889, premier semestre, sur gallica.bnf.fr, Paris, Hachette, p. 112, 127, 143, 160, 175, 191, 207 et 208, 224, 239 et 240, 255.
- ^ Le Petit Français illustré : journal des écoliers et des écolières est lancé par l'éditeur Armand Colin le 2. Le Petit Français illustré, sur gallica.bnf.fr, no 1.
- ^ « Christophe - Georges Colomb (1846-1945) », sur loicdauvillier.com.
関連紙誌
編集- ※発刊順に列記