モーショボー
モー・ショボー[1](モンゴル語: ᠮᠠᠭ᠋ᠤ ᠰᠢᠪᠠᠭ᠋ᠤ maγu sibaγu、ハルハ・モンゴル語: Муу шувуу、ブリヤート語: Муу шубуун[2])またはムー・シュウウ(英語: muu shuwuu[3])は、モンゴルのブリヤート人に伝わる魔物。その名前はハルハ語(ハルハ・モンゴル語)で[3]「悪しき鳥[4][5]」を意味する。
概要
編集二木 (2002) によると、恋愛を知らずに幼くして死んでしまった少女の魂がモー・ショボーになるといわれている。モー・ショボーは美しい少女の姿になって自分の近くを通る男の旅人を誘惑する。旅人が油断して近づいた途端に、その鋭い嘴で旅人の頭蓋骨を割り、脳髄を啜るとされる[6][注 1][注 2]。
ロシアの民族誌学者M・N・ハンガロフ(1858年生-1918年没)の報告には、二木 (2002) と同様の内容がより詳細に記載されている[7][注 3]。
Pócs & Klaniczay (2006)『キリスト教系悪魔学と大衆神話学(Christian Demonology and Popular Mythology)』では、以下の通り述べられている[3]。
「邪霊と悪霊の形態学」〔The Morphology of Evil and Demonic Spirits〕
邪霊の起源としてあり得たのは、より高き世界〔upper world〕から来ることだった。または他の方法で、つまり人間の魂が変身することで、邪霊は人間世界に出現できるのだった。モンゴル系および内陸アジア系の人々における魂の概念によれば、一人の人間というものは二つか三つの魂を持っていて、魂のうち一つは霊に変身することができる。〔中略〕
ムー・シュウー〔muu shuwuu〕はハルハ語であり、「害鳥」〔harmful bird 毒鳥、毒のある鳥〕を意味する。ムー・シュウーという霊は、家族、一族、さらにより広い共同体にとっても有害である。こういった邪霊はとりわけ、孤独な狩人たちや旅人たちにとって危険である。ムー・シュウーが発生するのは特別な場合であり、つまり人間の魂が悪霊へと変わることである。暴力的な死は、女性の魂をムー・シュウーへと変えることがあり得た。また、そのような霊が創造されることもあった。とりわけ、死んだ乙女〔young girl 若い少女、幼女、童女〕の父親が、娘の手の中に燧石〔flint フリント、火打ち石〕を隠すと、娘の魂はムー・シュウーへ転じることになる。
両義的で邪悪な霊たちは、仏教的な転向〔conversion 改宗〕を伴いながらモンゴル的信仰体系の中に出現していた。推定されるところではその霊たちの一部は、本来のモンゴル的アニミズム系宗教の中で似通った顕れ〔phenomea 現象、事件、驚異〕を見せていたが、新しいものによって変化させられ、新しい名前と新しい特徴をも得ていった。[3]
脚注
編集注釈
編集- ^ 二木の紹介の最初の出版年について、二木 (2002) は増補改訂版であり、より古い版(初版かは不明)として1982年の版(国立国会図書館書誌ID:000001579244)が存在する。
- ^ 二木 (2002) では参考文献が章・執筆者ごとに分けられておらず、巻末 pp.294-295 にまとめて記載されている。その内の一冊「ウノ・ハルヴァ著/田中克彦訳『シャマニズム―アルタイ系諸民族の世界観』(三省堂)」にモー・ショボーに関する記述がある可能性はある。
- ^ 二木 (2002) の記述のうち「愛を知らずに死んだ」の部分はハンガロフの報告に見当たらない。ロシア語の宗教百科事典『世界諸民族の神話 (ru:Мифы народов мира) [8]』(1980年刊行)の「ブリヤート神話」の記事では、ハンガロフの報告を参照した上で、「愛を知らなかった乙女」という表現が付け加えられている[9]ため、二木 (2002) の記述は『世界諸民族の神話』を参照した可能性がある。
出典
編集- ^ 二木 2002, p. 153 の表記。
- ^ ВЕСТНИК 2009, p. 270.
- ^ a b c d Pócs & Klaniczay 2006, p. 257.
- ^ 二木 2002, p. 153 の語釈。
- ^ Ханга́лов 2004, vol.3, p.25. 脚注1 "Му - худая; шубун - птица."
- ^ 二木 2002, pp. 153–154.
- ^ Ханга́лов 2004, vol.1, pp.271-272; vol.2, pp.164-165; vol.3, pp.25-26. それぞれ Агапитов & Ханга́лов 1883, Ханга́лов 1896, Ханга́лов 1903 の再録である。
- ^ 「世界諸民族の神話」の表記は以下の文献にみられる(三浦清美「中世ロシアの異教信仰ロードとロジャニツァ:日本語増補改訂版(前編 資料)」『電気通信大学紀要』第17巻第1-2号、電気通信大学、2005年1月、73-96頁、CRID 1050282677899799168、ISSN 0915-0935、NAID 110001059346。 p.77 より)
- ^ Мифы 1980 "му-шубун — девиц, не знавших любви."
参照文献
編集- 二木, 博史「モンゴルの神話伝説」『世界の神話伝説:総解説』(改訂増補版)自由国民社〈総解説シリーズ〉、2002年、146-158頁。ISBN 978-4426607111。
- Агапитов, Н. Н.; Ханга́лов, М. Н. (1883). “Материалы для изучения шаманства в Сибири. Шаманство у бурят Иркутской губернии.”. Известиях Восточно-Сибирского отдела Русского Географического общества 14 (1-2): 1-61 2022年1月30日閲覧。.
- Ханга́лов, М. Н. (1896). “Духи-людоеды у бурят (к вопросу о человеческих жертвоприноше-ниях)”. Этнографическое обозрение 1: 129-137 2022年1月30日閲覧。.
- Ханга́лов, М. Н. (1903). Г. Н. Потанина. ed. Балаганский сборник. Сказки, поверья и некоторые обряды у северных бурят.. Труды Восточно-Сибирского отдела Императорского Русского географического общества. 5. Томск: Паровая типо-лит. П.И. Макушина. NCID BB00242463 2022年1月30日閲覧。 (リンク先はトムスク大学が電子図書館としてPDFファイルで公開しているページ。)
- Ханга́лов, М. Н. (2004). Собрание сочинений. Республиканская типография. ISBN 5-7411-01-03-8 (『ハンガロフ著作集』。全3巻。1958-1960年に編纂された同名の全集が2004年に再版されたもの。リンク先はウスチオルディンスキー国立芸術民芸センター (Усть-Ордынский Национальный центр художественных народных промыслов) が電子データベースとしてPDFファイルで公開しているページ。)
- н.л.Жуковская (1980). “БУРЯТСКАЯ МИФОЛОГИЯ”. Мифы народов мира .
- Pócs, Éva; Klaniczay, Gábor; Eszter Csonka-Takács (2006). Éva Pócs & Gábor Klaniczay. ed. Christian Demonology and Popular Mythology. Demons, Spirits, Witches. 2. Central European University Press. ISBN 978-963-7326-76-9
- “ВЕСТНИК БУРЯТСКОГО ГОСУДАРСТВЕННОГО УНИВЕРСИТЕТА”. ブリヤート国立大学 (2009年10月). 2018年10月20日閲覧。 “Муу шубуун превращаются в разных птиц и принимают вид женщин, «только красивые губы, длинные как клюв птицы, не меняются. …Она старается обратиться в ту девушку или женщину, которую любит этот человек. Если му-шубуну удается обмануть человека, она бьет его по голове своим клювом и убивает, распарывает его брюхо и съедает его печень, почки и головной мозг» [6, с.25]. В приведенной легенде муу шубуун предстает в своей традиционной ипостаси – в виде красивой девушки, несущей смерть любому, кто не сможет обмануть ее.”