マーズ・サイエンス・ラボラトリー
マーズ・サイエンス・ラボラトリー(Mars Science Laboratory、略称: MSL) は、アメリカ航空宇宙局 (NASA) が火星探査ミッションで用いる宇宙船の名称である。探査機ローバー、愛称キュリオシティ (Curiosity) を装備している。
マーズ・サイエンス・ラボラトリー Mars Science Laboratory | |
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火星上のキュリオシティ | |
所属 | アメリカ航空宇宙局 (NASA) |
主製造業者 |
ボーイング ロッキード・マーティン |
公式ページ | Mars Science Laboratory |
国際標識番号 | 2011-070A |
カタログ番号 | 37936 |
状態 | 運用中 |
目的 | 火星探査 |
観測対象 | 火星 |
打上げ場所 | ケープカナベラル空軍基地 LC-41 |
打上げ機 | アトラスV 541型 |
打上げ日時 |
2011年11月26日 15時02分(UTC) |
軟着陸日 |
2012年8月6日 5時32分(UTC) |
質量 | 900kg |
Sample analysis at Mars (SAM) | 試料を加熱して生じたガスや、大気分析する装置 |
ミッション
編集過去と現在の火星における、生命を保持できる可能性について調査する。
打ち上げまで
編集MSLは当初、2009年に打ち上げられ、2010年10月に、火星に着陸する予定であった。ただし、NASAでは2機か3機の全く同じローバーを同時に送ることが議論されており、そのためには打ち上げを2011年まで遅らせる必要があった。MSLの目的の一部は、将来のサンプルリターン・ミッションのために適当な着陸場所を見つけることだが、この案の推進者は、複数のローバーを使って一度に複数の地域を探索したほうがよいと主張した。NASAの太陽系部門のディレクターであるアンディー・ダンツラー (Andy Dantzler) は、MSLの開発は、2009年の打ち上げに向かって順調に進んでおり、この期限に間に合わせるために、最大限の努力をすると語った。ジェット推進研究所のエンジニアたちは、非公式にではあるが、MSLのデザインは、将来のローバーにも利用されるだろうと語った。
2008年に開発費用の超過が問題となり、試験に十分な時間がとれないとして、2008年12月4日、NASAは打ち上げを2011年に延期することを発表した[1]。打ち上げ延期による追加支出は4億ドルで、最終的な予算総額は23億ドルになると見られた。複数のローバーを打ち上げる可能性については言及されなかった。
2008年11月から2009年1月にかけて、NASAは全米の学生・児童からローバーの愛称を募集した。5月27日、9,000件以上の案の中からカンザス州の12歳の少女が提案した「キュリオシティ(Curiosity、好奇心)」が選ばれたことが発表された[2]。
2011年11月26日15時02分 (UTC)、MSLを搭載したアトラス Vがケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた[3]。
突入・着陸システム
編集誘導突入
編集火星は大気が薄いため、重量物を着陸させるのは非常に難しい。パラシュートや空力ブレーキだけでは減速が不十分であり、過去に使用されたエアバッグを使って衝撃を抑える着陸方式もキュリオシティほどの重量がある場合は使えない。このため、MSLでは幾つかの方式を組み合わせると共に、新たな着陸方式が採用された。 キュリオシティはエアロシェルに格納されて火星大気へ突入し、その外殻を用いた空力ブレーキで減速する。このエアロシェルは直径4.5mという宇宙用としては過去最大であり、Phenolic Impregnated Carbon Ablator (PICA) という耐熱材で高熱から保護される(MSL用に開発されたPICAは、スペースX社がPICA-Xとしてドラゴンの耐熱シールドに採用した)。これにより、突入時の速度 5.3から 6 km/sをパラシュートが開ける速度であるマッハ2にまで減速する。
パラシュート降下
編集重心調整用のダミーウエイトを投棄した後、高度約7kmで超音速パラシュートを開傘し、耐熱シールドを分離する。パラシュートは直径16m、長さ50mという巨大なものとなる。パラシュート降下中にキュリオシティの下側に装備したカメラで毎分5枚の写真撮影を開始する。これにより、どこに着陸したか精密な地点を素早く確認できるようになる。
ロケット噴射による降下
編集高度約1.8km、速度約100m/sの時点で降下ステージを切り離し、推力調節が可能な一液式ヒドラジンスラスタ8基(推力各3.1 kN)を噴射して減速する(このシステムはバイキング着陸機の技術が流用されている)。
スカイクレーン
編集MSLはスカイクレーンを使ってキュリオシティを軟着陸させる。降下ステージとキュリオシティとの間は懸架ケーブルと電気信号を送るケーブルで繋がれた状態で約7.5m吊り下げる。キュリオシティの軟着陸を確認すると約2秒後に火工品でケーブルカッターを作動させてケーブルを切断し、降下ステージはスラスタをフル噴射し退避しながら離れた場所に落下する。このようなシステムは今回初めて使用される[4]。
着陸後
編集2012年6月11日、NASAはキュリオシティが8月6日5時31分(UTC)ごろに、ゲールクレーター内にあるアイオリス山のふもとに着陸する見込みであると発表した[5]。
2012年8月6日、NASAはキュリオシティが8月6日5時32分 (UTC) に、ゲールクレーターの中にある高さ3マイル、直径96マイルの「アイオリス・パルス」に着陸したと発表した[6]。
2012年8月22日、NASAはキュリオシティの着陸地点に、2か月前に亡くなった小説家のレイ・ブラッドベリに因み「ブラッドベリ・ランディング (Bradbury Landing)」と名づける案がチームから出され、NASAもこれを承認したと発表した。22日はブラッドベリの誕生日である[7]。
2013年2月8日、キュリオシティが火星表面の岩に直径1.6 cm深さ6.4 cmの穴を掘り、試料を採取した。火星表面の本格的な掘削は、1960年代に火星探査が始まって以来初めてのことであった[8]。
2013年8月6日、火星着陸一周年を記念して、本体に搭載した楽器で自分のために「ハッピーバースデー」を演奏 [9]。
キュリオシティのアルミニウム製の6輪の車輪には、“JPL”のモールスコード・パターン(•−−− •−−• •−••)を轍として残せるようにするための「・」と「-」マークの穴が開いているが[10]、2013年秋に、予期せぬ穴が開いてきたことが確認された。車輪の摩耗はある程度予想されていたが、想定よりも摩耗が早く起きており、穴が開いた箇所以外の車輪でも窪みや損傷が生じていることが写真から確認された[11][12]。この問題を受けて、ローバーの運用チームは、でこぼこの激しいルートを避け、尖った岩を回避する運用を行うことにした。さらに悪化すれば、ミッションへの影響が出る恐れもあるとして、JPLはソフトウエアパッチを書き換えて、この車輪の摩耗原因を調査することにした[13]。
火星のゲール・クレーターに着陸して以来、総走行距離6.1kmに達したキュリオシティは、2014年4月2日に大規模調査を予定している「キンバリー」と呼ばれる地点に到着した。4つの異なる種類の岩石が重なりあった「キンバリー」(西オーストラリアの地域名に由来)における調査は、「イエローナイフ湾」と呼ばれる盆地の調査以来もっとも大規模なものとなる[14]。
2018年6月7日、NASAはキュリオシティの探査によって、火星に有機分子があることを発見したと発表した[15][16]。また同時に、火星にあるメタンの量が、季節に応じて変動していることも発見したと発表[15]。
2022年4月、ミッションの3年間延長が決定。
2023年5月時点でキュリオシティの稼働期間は3900日、走行距離は29kmを超えている。
探査車キュリオシティ
編集キュリオシティは、2004年に火星に降り立ったマーズ・エクスプロレーション・ローバー (MER)(スピリットとオポチュニティ)の5倍の重量があり、10倍の重量の科学探査機器を搭載している。火星に着陸後、キュリオシティは火星表面の土と岩石をすくい取り、内部を解析する。最低でも、1火星年(2.2地球年)は活動する予定で、これまでのローバーよりも広い範囲を探索する。
仕様
編集キュリオシティは長さ3m、総重量は900kgあり、そのうち80kgが科学機器の重量である(MERは長さ1.5m、重量は174kgであり、そのうち6.8kgが科学機器の重量であった)。75cmくらいまでの障害物を乗り越えて進むことができる。走行速度は、自律航法の場合、最大90m/h程度であるが、数々の状況(電力レベル、視界、地表の荒さ、スリップなど)を考慮に入れると、平均では30m/h程度となると思われる。2年間の活動期間の間に、最低でも19kmの距離を移動する予定である。
電力源としては、プルトニウム238の崩壊熱を利用する原子力電池 (RTG) を使用する。火星探査機でのRTGは、バイキング1号とバイキング2号着陸機でも使用実績がある。昼夜や季節に関係なく一定の電力が得られるうえ、余熱はパイプを通じて探査機のシステムの保温に使用できる。キュリオシティで使われるRTGはボーイング社が開発した最新のMulti-Mission Radioisotope Thermoelectric Generatorと呼ばれるタイプである。重量は約50kgで4.8kgのプルトニウム238を搭載しており、打上げ時の事故で衝突、爆発、再突入による落下が起きてもプルトニウムが守られるように保護層で覆われている[17]。ミッション初期には約2000Wの発熱から125Wの電力を得られ、14年後でも100Wの電力が得られる。キュリオシティは1日に2.5kWhの電力が得られる(太陽電池を使用していたMERでは1日に約0.6kWhの電力しか供給出来なかった)。
キュリオシティが活動を予定している地域の火星の気温は、+30から −127℃の間で変動すると予想されている。このため、Heat rejection system (HRS) を使って機器の温度を維持する設計となっている。長さ60mのパイプ内にポンプで流体を流し、MMRTGからの熱で保温する。温度が上昇しすぎる場合は冷却にも使える。
キュリオシティに搭載された記録装置の容量は約4ギガバイトしかないため、打ち上げ時点では容量の大部分は着陸用ソフトウェア保持に使っており、そのままでは最小限の探査しか行えないが、地球から遠隔でアップデートできるように設計されているため、火星到着後は不要になったソフトウェアを観測器機の制御用ソフトに更新してから本格的な運用を始める[18]。
搭載観測機器
編集- Sample analysis at Mars (SAM) 試料を加熱して生じたガスや、大気分析する装置。
- ChemCam
赤外線レーザーを使って、最大7m離れた土壌や岩の表面を蒸発させてスペクトル分析を行う。
- Mastcam マストの先端にメガピクセル単位の画素数を持つ2台のカメラが設置され、毎秒最大10フレームのカラー画像を720p (1280x720) のハイビジョン画質取得できる。中解像度のカメラMedium Angle Camera (MAC) と、高解像度のカメラNarrow Angle Camera (NAC)。動画も撮影可能。
- αプロトンX線分光計 (APXS)
- CheMin
- Mars Hand Lens Imager (MAHLI) ロボットアーム先端に設置した顕微鏡カメラ。
- Radiation assessment detector (RAD)
- Rover environmental monitoring station (REMS)
- Dynamic albedo of neutrons (DAN)
- MSL Mars Descent Imager (MARDI) キュリオシティの降下中に火星表面のカラー画像を撮影する。約2分の間に毎秒5枚の撮影を行う。
着陸場所
編集画像
編集-
MSLの打ち上げ
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突入カプセルから分離されたMSLの耐熱シールド(2012年8月)
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MROが撮影したパラシュート降下中のキュリオシティ(2012年8月)
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MROが撮影したキュリオシティの着陸地点(2012年8月)
脚注
編集- ^ “NASA、火星探査機MSLの打ち上げ延期”. AFPBB News 2008年12月9日閲覧。
- ^ “新火星探査車、名前は「キュリオシティ」”. アストロアーツ 2009年6月6日閲覧。
- ^ Mars Science Laboratory Launch Mars Science Laboratory 2011年11月27日閲覧。
- ^ “Sky Crane”. NASA JPL 2011年11月13日閲覧。
- ^ “NASA Mars Rover Team Aims for Landing Closer to Prime Science Site”. NASA. 2012年6月12日閲覧。
- ^ “NASA Lands Car-Size Rover Beside Martian Mountain”. NASA. 2012年8月6日閲覧。
- ^ “NASA Mars Rover Begins Driving At Bradbury Landing Mars Science Laboratory Press Release”. JPL. 2014年3月15日閲覧。
- ^ “火星表面を初めて掘削、生命の痕跡が見つかるか”. 読売新聞. (2013年2月10日). オリジナルの2013年2月13日時点におけるアーカイブ。
- ^ “キュリオシティ火星着陸から1年、自分に記念演奏”. CNN. (2013年8月7日) 2014年3月15日閲覧。
- ^ “New Mars Rover to Feature Morse Code”. American Radio Relay League. 2024年10月9日閲覧。
- ^ “Curiosity’s “JPL” Could Become “SOS””. SpaceSafetymagazine. (2013年12月24日) 2014年4月12日閲覧。
- ^ “Yes, there seems to be a hole in Curiosity's left front wheel, and no, that's not a problem”. Planetary Society. (2013年10月2日) 2014年4月12日閲覧。
- ^ “Curiosity Team Upgrades Software, Checks Wheel Wear”. JPL. (2013年12月20日) 2014年4月12日閲覧。
- ^ “6km走破のキュリオシティ、大規模調査の予定地点に到着”. アストロアーツ. (2014年4月9日) 2014年4月12日閲覧。
- ^ a b “NASA、火星で有機分子を発見──生命が存在した可能性を示す新たな証拠か?”. Newsweek日本版. Newsweek (2018年6月15日). 2019年1月22日閲覧。
- ^ “火星の土壌に有機物発見、大気中メタンも NASA探査機”. CNN.co.jp. CNN (2018年6月8日). 2019年1月22日閲覧。
- ^ “NASA: Nuclear power generator hooked up to Mars rover”. Spaceflightnow.com 2011年11月27日閲覧。
- ^ NASA Curiosity Mars Rover Installing Smarts for Driving
関連項目
編集外部リンク
編集- マーズ・サイエンス・ラボラトリー — JPL 公式サイト(英語)。
- マーズ・サイエンス・ラボラトリー - 月探査情報ステーション[リンク切れ]
- SojournerとSpirit/OpportunityとCuriosityの各ローバの仕様の比較と大きさを比較した写真 Photojournal: NASA's Image Access Home Page
- 5つの新発見、キュリオシティの1年 2013年8月7日 ナショナルジオグラフィックニュース