ボリス・スチュルメル
ボリス・ウラジーミロヴィチ・スチュルメル(ロシア語: Бори́с Влади́мирович Штю́рмер, Boris Vladimirovič Štjurmer (Stürmer), 1848年7月27日 - 1917年9月9日)は、帝政ロシアの政治家。シテュルメル、シチュルメルとも。
男爵 ボリス・ウラジーミロヴィチ・スチュルメル | |
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ロシア帝国首相 | |
任期 1916年2月2日 – 1916年11月23日 | |
君主 | ニコライ2世 |
前任者 | イヴァン・ゴレムイキン |
後任者 | アレクサンドル・トレポフ |
ロシア帝国外務大臣 | |
任期 1916年7月7日 – 1916年11月10日 | |
前任者 | セルゲイ・サゾーノフ |
後任者 | ニコライ・ポクロフスキー |
ロシア帝国内務大臣 | |
任期 1916年3月3日 – 1916年7月7日 | |
前任者 | アレクセイ・フヴォストフ |
後任者 | アレクセイ・フヴォストフ |
ヤロスラヴリ県知事 | |
任期 1896年7月30日 – 1902年8月10日 | |
前任者 | en:Alexey Fride |
後任者 | en:Alexey Rogovich |
ノヴゴロド県知事 | |
任期 1894年4月14日 – 1896年7月30日 | |
前任者 | en:Alexander Molosolov |
後任者 | en:Otton Medem |
個人情報 | |
生誕 | 1848年7月27日 ロシア帝国 トヴェリ州 Baykovo |
死没 | 1917年9月2日 (69歳没) ロシア帝国 ペトログラード(サンクトペテルブルク) |
国籍 | ロシア帝国 |
出身校 | サンクトペテルブルク州立大学 |
人物・略歴
編集ニコライ2世時代の首相(在任:1916年2月2日 - 11月23日)。ラスプーチンのシンパの1人であったことから、イワン・ゴレムイキンの後任として、アレクサンドラ皇后とラスプーチンの推挙により、首相の地位に就いた。同年3月に内相、5月に外相を兼摂した。
11月国会(ドゥーマ)から総辞職を求められ同意、退陣した。1917年2月ロシア革命後、臨時政府によって逮捕されてペトロパヴロフスク要塞に収監され、同年9月9日に持病の尿毒症が悪化してクレスティ監獄で獄死した。