ブラッド・ウィルカーソン

ブラッド・ウィルカーソンStephen Bradley Wilkerson, 1977年6月1日 - )はMLBの元外野手一塁手。左投左打。アメリカ合衆国ケンタッキー州オーエンズボロ出身。

ブラッド・ウィルカーソン
Brad Wilkerson
ニューヨーク・ヤンキース 打撃コーチ補佐 #68
シアトル・マリナーズでの現役時代(2008年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ケンタッキー州オーエンズボロ
生年月日 (1977-06-01) 1977年6月1日(47歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手/一塁手
プロ入り 1998年 ドラフト1巡目
初出場 2001年7月12日
最終出場 2008年8月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 2000年
獲得メダル
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
2000 野球

経歴

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1998年、ドラフト1巡目でモントリオール・エクスポズから指名を受けプロ入り。

2000年シドニーオリンピック野球アメリカ合衆国代表として出場し、金メダルを獲得した。

2年間の下積み生活を経て、2001年に同球団でメジャーデビューを果たした。そして、メジャー2年目の2002年には早くもレギュラーに定着。いきなり20本塁打を放って、その素質をアピールした。

2004年に30本塁打と100四球をクリアし、典型的な長距離砲という認識を受けるようになる[要出典]。同年オフには日米野球にも参加した。

2005年は、4月こそ打率.323と出だし好調であったが、その後は不振に陥ってしまった。特に前年の32本塁打から11本塁打と大幅に本数を減らしてしまうなど、ほとんどの打撃部門で昨季を下回った。

2006年にはテキサス・レンジャーズへと移籍し、チームの主軸に成長することを期待された。しかし、右肩の故障の影響もあってか思うような成績は残せず、8月上旬に故障個所の手術のために今シーズンを終えた。

2008年に、同年オフにFAとなったホセ・ギーエンの後釜の右翼手を求めていたシアトル・マリナーズへFA移籍。同年オフに若手有望株のアダム・ジョーンズエリック・ベダードとのトレードで放出されたこともあり、正右翼手候補として期待された。しかし19試合で打率.232本塁打0打点5と結果を残せず、4月30日ジェフ・クレメントウラディミール・バレンティンという若手有望株2選手の昇格に伴い戦力外となり、5月9日トロント・ブルージェイズへ移籍した。

シーズン終了後にフリーエージェントになり、2009年2月16日ボストン・レッドソックスとキャンプ招待選手としてマイナー契約を結ぶが[1]、4月19日に現役を引退したことが明らかになった[2]

現役引退後

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2023年1月30日にニューヨーク・ヤンキースの打撃コーチ補佐に就任した[3]

選手としての特徴

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ボールを見極める打撃スタイルで、四球三振がどちらも多い。2002年から2005年にかけての4シーズン、連続で80四球以上を選び、特に2004年ナ・リーグ7位の106四球を記録。一方で同期間は、三振でも全てリーグワースト5位以内にランクインしている。また、パワーがあって30本塁打以上を記録した事もあり、特に打者に有利な球場では35本塁打以上も期待出来るとされていた[4]。また、フライ比率が高く、2005年には約4割がフライであった[4]

左右別では左投手の方がやや得意としており、対右打率が.243に対して対左打率は.262である[5]

守備面では、外野すべてとファーストを守れるため、攻・守ともに重宝する選手である。

エクスポズ (ナショナルズ) 時代、チームが上手く起用すれば大成する事が期待出来る一方、上手く起用出来ないと駄目になる可能性があるとされていた[6]。結果的に、前述のように評価されていた時期に30本塁打・100得点・100四球等を記録した2004年をピークに以後、打率が.250・本塁打が25を超える事がなくなり、後者の結果となってしまった。

詳細情報

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年度別打撃成績 (MLB)

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O
P
S
2001 MON
WSH
47 136 117 11 24 7 2 1 38 5 2 1 1 1 17 1 0 41 2 .205 .304 .325 .628
2002 153 603 507 92 135 27 8 20 238 59 7 8 6 4 81 7 5 161 5 .266 .370 .469 .840
2003 146 602 504 78 135 34 4 19 234 77 13 10 2 3 89 0 4 155 5 .268 .380 .464 .844
2004 160 688 572 112 146 39 2 32 285 67 13 6 3 3 106 8 4 152 6 .255 .374 .498 .872
2005 148 661 565 76 140 42 7 11 229 57 8 10 3 2 84 9 7 147 6 .248 .351 .405 .756
2006 TEX 95 365 320 56 71 15 2 15 135 44 3 2 2 3 37 1 3 116 6 .222 .306 .422 .728
2007 119 389 338 54 79 17 1 20 158 62 4 1 3 4 43 0 1 107 2 .234 .319 .467 .786
2008 SEA 19 68 56 1 13 4 0 0 17 5 1 2 2 0 10 0 0 15 1 .232 .348 .304 .652
TOR 85 241 208 20 45 8 2 4 69 23 2 3 2 5 25 4 1 53 3 .216 .297 .332 .629
'08計 104 309 264 21 58 12 2 4 86 28 3 5 4 5 35 4 1 68 4 .220 .308 .326 .634
通算:8年 972 3753 3187 500 788 193 28 122 1403 399 53 43 24 25 492 30 25 947 36 .247 .350 .440 .790
  • MON (モントリオール・エクスポズ) は、2005年にWSH (ワシントン・ナショナルズ) に球団名を変更。

背番号

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  • 48 (2001年)
  • 6 (2002年 - 2004年、2006年 - 2008年途中)
  • 7 (2005年)
  • 35 (2008年途中 - 同年)

代表歴

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脚注

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  1. ^ Red Sox agree to terms with OF Brad Wilkerson on Minor League Contract for 2009 with invitation to Spring Training”. redsox.com. 2009年4月23日閲覧。
  2. ^ Brad Wilkerson retires after eight-year career”. The Providence Journal. 2009年4月23日閲覧。
  3. ^ Yankees name Brad Wilkerson assistant hitting coach”. MLB.com (2023年1月31日). 2023年7月7日閲覧。
  4. ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』廣済堂出版、2006年、211頁頁。ISBN 4-331-51146-4 
  5. ^ Brad Wilkerson Career Batting Splits - Platoon Splits - Baseball-Reference.com (英語) . 2017年2月12日閲覧。
  6. ^ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』廣済堂出版、2005年、288頁頁。ISBN 4-331-51093-X 

関連項目

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外部リンク

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