ビアロ=チェルボネ・イスクリー

ビアロ=チェルボネ・イスクリーポーランド語: Biało-Czerwone Iskry)は、かつて活動していたポーランド空軍の公式デモンストレーションチームである。チーム名の和訳は「白赤の閃光」[注釈 1]。本記事では元となった別名チーム時代も併せて記述する。

ビアロ=チェルボネ・イスクリー
Biało-Czerwone Iskry
2010年6月27日 クラクフ航空ショーのビアロ=チェルボネ・イスクリー。
活動期間 1969年2月16日-2022年7月27日
国籍 ポーランド人民共和国 (1989年まで)
ポーランド共和国 (1989年以降)
軍種 ポーランド人民空軍
ポーランド空軍
任務 曲芸飛行展示飛行
基地 ラドム航空基地(1969年)
デンブリン航空基地(2000年)
彩色 白、赤(1991年以降)
使用作戦機
練習機 TS-11
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概要

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1969年2月16日、ラドム航空基地の第60教育航空連隊内でポーランド最初のディスプレイチーム"Rombik"が、TS-11練習機4機により編成された。チームはいくつかの展示飛行を2機のソロで実施した。チームは1971年8月17日、デンブリン航空基地で開催されたPolish Air Force Dayで初の公式展示飛行を実施した。チームは1981年に一旦は廃止されたが、1984年春に再編成され、1985年7月5日にポズナンの第31航空基地で展示飛行を行い再デビューを果たした。

1989年、チームは"Iskly"に名を改められ、編成もフォーメーション6機+ソロ1機に変更した。1991年、機体の塗装をそれまでの作戦機としての塗装からポーランドのナショナルカラーであり、国旗と同じ配色の白と赤に改められた。この塗装は細部の変更はあったものの[注釈 2]、2016年現在も同じ塗装が用いられている。以後、チームはポーランド国内だけではなく、ヨーロッパ各地で開催される航空ショーに出場した。

1995年、チームの編成をフォーメーション9機+ソロ1機に変更した。1998年、チームの編成をフォーメーション8機+ソロ2機に変更した。同年11月11日、ワルシャワ航空ショーで悪天候の中を演技中に5番機が事故で墜落し、操縦士2名が死亡した。この事故後、チームは約2年間活動を休止した。

2000年6月17日、チームは第1飛行訓練センターへ配置換えとなり、デンブリン航空基地へ移動した。またチーム名を"Biało-Czerwone Iskry"に改めるとともに、チームの編成をフォーメーション7機+ソロ1機に変更した。2007年9月1日、ラドム航空ショーで演技中に2機が空中で接触して2機とも墜落し、操縦士2名が死亡した。

2021年シーズンの終了後、翌年に控えたTS-11の退役に合わせてチームは活動を終了した。2022年7月27日、ポーランド空軍に残っていたすべてのTS-11は、運航を停止した。現在(2023年4月時点)は、チームの元メンバーが作成したTS-11の3Dモデルを使用してバーチャル航空ショーを定期的に開催している。

チームが使用するスモークは、機体の塗装と同じでポーランドのナショナルカラーでもある白と赤のみである。チームはその演技と塗装で、ポーランド国外からも高い評価を受けていた。

ポーランド空軍には操縦教官が練習機(PZL-130)で展示飛行を行うオルリク・エアロバティックチームも編成されている。

画像集

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注釈

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  1. ^ 航空ファン 通巻664号 p. 25では訳を「赤白」としているが、その場合の原文は「Czerwone-Biało」となってしまうため、本記事ではポーランド語表記の順番通り「白赤」とする。
  2. ^ 国籍標識やポジションナンバーの表示位置の変更、基地やチーム名の変更に伴う隊章のデザイン変更など。

参考文献

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  • 航空ファン 通巻第621号 2004年9月号、文林堂、2004年。
  • 航空ファン 通巻第664号 2008年4月号、文林堂、2008年。
  • Gérard PALOQUE 『AEROBATIC TEAMS』、Historie & Collections、2010年。ISBN 978-2-35250-168-8

外部リンク

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