ハイドロプレーニング現象
ハイドロプレーニング現象(ハイドロプレーニングげんしょう、英: hydroplaning)、またはアクアプレーニング現象(英: aquaplaning)とは、自動車などが水の溜まった路面などを走行中に、タイヤと路面の間に水が入り込み、摩擦力が失われること。水膜現象ともいう。この状態では水が潤滑剤として作用しているため[1]、タイヤと路面の間の水の量が減るまで、加速、操舵、制動(走る・曲がる・止まる)のすべてが制御できなくなる。
なお、パワーボート(ハイドロプレーン含む)やプレジャーボートなどでの高速走行において、船底の多くを水面上に出し、水の抵抗を軽減する走法も「ハイドロプレーニング」、または単に「プレーニング」と呼ばれる。
タイヤの溝パターンの最適化[2][3]や路面の排水性能を高めた排水性舗装(透水性アスファルト舗装)の採用[4][5]などにより、ハイドロプレーニング現象の抑制が可能である。
原因
編集ハイドロプレーニング現象は、路面に溜まった水の量がタイヤの排水能力を超えた場合に発生する。当該現象が発生する臨界速度は、負荷荷重とは無関係でタイヤの空気圧に依存するとする研究がある[6]。具体的には、以下のような状況下で発生しやすい。
- タイヤの磨耗
- 磨耗して溝が浅くなる事で、タイヤの排水性が悪くなり、タイヤと路面の間の水を排水しきれなくなる。同様の状況は溝の内部に砂や小石、雪などの異物が入り込むことでも発生する。
- 水量の増加
- 路面に溜まった水の量が多く、タイヤの溝では排水しきれなくなり、タイヤと路面の間に水が残る。
- タイヤの空気圧不足
- タイヤの空気圧不足からタイヤと路面の接地面積が大きくなり、接地圧が低下することでタイヤと路面の間の水を排水しきれなくなる。
- スピードの出しすぎ
- 高速走行中に水溜りに突っ込むと、水の粘度の為にタイヤの排水能力が追いつかなくなり、タイヤと路面の間に水が残る。同じく高速走行時、離対気流や強風などの影響で発生する上向のモーメント(リフト)との相乗効果によって水溜りに乗り上げる場合もある。
- タイヤ回転方向の誤装着
- タイヤ(トレッドパターン)の回転方向に指定がある場合、誤って逆向きに装着すると排水が追いつかなくなる。
対処方法
編集完全にこの状態になってしまうと車のコントロールが全く利かなくなり、無理に操作するとスピンに陥りかえって危険になりかねないので運転手に出来ることはなく、この状態が解消されるまで成り行きに任せるほかは無い。
摩擦係数が極端に低い路面凍結と同じように、急な操作もスピンに陥る可能性があるため、ハンドルをきちんと保持したままアクセルペダルからゆっくり足を離し、エンジンブレーキで減速しタイヤの摩擦力が回復するまで何もしない方が良い。
なお、飛行機は着陸時に滑走路が湿っている場合、タイヤを滑走路に強く当てて着陸することで、ハイドロプレーニング現象を防いでいる[7]。
出典
編集- 岡村廣正, 染谷常雄「ハイドロプレーニングの研究 : 第1報,タイヤの変形に関する影響係数と流体圧の計算方法」『日本機械学會論文集』第43巻第374号、日本機械学会、1977年、3932-3943頁、doi:10.1299/kikai1938.43.3932。
- 岡村廣正, 染谷常雄「ハイドロプレーニングの研究 : 第2報,タイヤの弾性変形と流体圧の連立解」『日本機械学會論文集』第43巻第374号、日本機械学会、1977年、3944-3953頁、doi:10.1299/kikai1938.43.3944。
脚注
編集- ^ 小石正隆(横浜ゴム株式会社) (2003年4月). “7/21ページ タイヤのハイドロプレーニング現象と計算力学 3.タイヤのハイドロプレーニング現象” (PDF). 日本機械学会計算力学部門. 2021年5月24日閲覧。
- ^ 加部和幸,「タイヤ工業におけるシミュレーション技術について」『日本複合材料学会誌』 Vol.27 (2001) No.1 p.40-48
- ^ 老田昇司, 「FEMとFVMによる路面とタイヤの連成解析」『日本ゴム協会誌」 Vol.80 (2007) No.4 p.159-162
- ^ 吉中保, 根本信行, 幸田正裕, 「透水性アスファルト舗装の車道への適用に関する検討」『舗装工学論文集』 Vol.5 (2000) p.47-52
- ^ 竹本恒行, 「高速道路における排水性舗装の現況と課題」『土木学会論文集』 Vol.1994 (1994) No.484 p.1-9, 日本混相流学会
- ^ 中島幸雄, 「【特集】移動・輸送と混相流(2) タイヤのハイドロプレーニングについて」『混相流』 2013年 27巻 2号 p.102-109
- ^ “飛行機が「ドスンと着陸する」のはむしろ高度な技? 林先生の解説が話題に”. しらべえ (NEWSY). (2017年12月4日) 2017年12月11日閲覧。
ハイドロプレーニング現象による事故
編集- 1977年11月19日、ブリュッセル空港発マデイラ空港行きのTAP ポルトガル航空425便(ボーイング727-282Adv、CS-TBR)がマデイラ空港への着陸に失敗し、オーバーランし、乗員乗客164人中131人が死亡した。事故当時、空港周辺は悪天候に見まわれており、ハイドロプレーニング現象が発生した。→詳細は「TAP ポルトガル航空425便墜落事故」を参照
- 2006年10月10日、ソラ空港発モルデ行きのアトランティック・エアウェイズ670便(BAe146-200A、OY-CRG)が経由地であるストード空港への着陸時に滑走路をオーバーランし、崖下に転落し、乗員乗客16人中4人が死亡した。着陸の際に、スポイラーが故障したため乗員が緊急ブレーキを起動したが、それによってアンチスキッドが解除され、ハイドロプレーニング現象が発生した。→詳細は「アトランティック・エアウェイズ670便オーバーラン事故」を参照
- 2014年10月5日、F1世界選手権日本グランプリの終盤で、大雨の中ジュール・ビアンキのマシンにハイドロプレーニング現象が発生し制御不能になり、エイドリアン・スーティルのマシンの撤去作業中だった重機に潜り込むように衝突した。三重県立総合医療センターに運ばれ緊急手術が行われたが、9か月後の2015年7月17日に昏睡状態のまま死亡した。[2][3][要出典]
- 2019年5月3日、リーワード・ポイント飛行場発ジャクソンビル海軍航空基地行きのマイアミ・エア・インターナショナル293便(ボーイング737-81Q)が着陸時に滑走路をオーバーランし、セントジョンズ川に着水した。滑走路に溝が掘られていなかったためハイドロプレーニング現象が発生した。→詳細は「マイアミ・エア・インターナショナル293便着陸失敗事故」を参照
関連項目
編集外部リンク
編集- リーキム リョン, 浦晟, 川添強「ハイドロプレーニングに関する一実験」『長崎大学工学部研究報告』第29巻第53号、長崎大学、1999年、187-191頁、ISSN 0286-0902。
- 鈴木忠「ハイドロプレーニング現象の可視化技術」『日本ゴム協会誌』第74巻第4号、日本ゴム協会、2001年、154-158頁、doi:10.2324/gomu.74.154、ISSN 0029022X。
- ^ ASN Aircraft accident Boeing RC-135S Rivet Ball 59-1491 Shemya AFB, AK (SYA)
- ^ “ジュール・ビアンキ、事故時の衝撃は254G”. f1-gate.com (2015年7月23日). 2022年12月10日閲覧。
- ^ “【F1レーサーの死亡事故】その原因と事故後に活かされた安全対策とレギュレーション変更 | MOBY [モビー]”. MOBY(モビー)車はおもしろい!を届ける自動車情報メディア (2020年4月25日). 2022年12月10日閲覧。