メシマイシン
メシマイシンまたはメチマイシン[1](methymycin)とは、12員環ラクトンにデソサミンがグリコシド結合した構造を有する有機化合物である。メシマイシンはマクロライドに分類されるが、マクロライド系抗菌薬として臨床では使用されていない。
IUPAC命名法による物質名 | |
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データベースID | |
CAS番号 | 497-72-3 |
PubChem | CID: 5282034 |
ChemSpider | 4445264 |
UNII | 16QGD97DXG |
KEGG | C11996 |
ChEBI | CHEBI:29630 |
ChEMBL | CHEMBL489347 |
化学的データ | |
化学式 | C25H43NO7 |
分子量 | 469.62 g·mol−1 |
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構造
編集メシマイシンは12員環のラクトン環の3位 [注釈 1]の炭素原子上のヒドロキシ基に 、デオキシ糖の1種かつアミノ糖の1種でもあるデソサミンが脱水縮合してグリコシド結合を形成した構造をしている。よって、配糖体に分類される化合物の1つである。その分子式はC25H43NO7であり、したがってモル質量は約469.6 g/molである [2]。メシマイシンのアグリコン部分は「methynolide」と呼ばれる[3]。このmethynolideの所定の位置に、βグリコシドの形でデソサミンが結合した化合物が、メシマイシンである[4]。
物理化学的性質
編集吸光分析
編集メシマイシンはマクロライド構造のラクトンが有するために、波数1720 cm−1から1730 cm−1付近の赤外領域に、特徴的な吸光帯を有する[5]。また、紫外領域でも吸収を示し、吸収極大は223 nmである[6]。
定性試験
編集メシマイシンを3 mg計量してアセトン2 mLに溶解して、さらに、そこに濃塩酸を2 mL滴下して、暫く放置すると、次第に溶液は淡黄色を呈する[5]。
生合成
編集抗生物質の定義に合致
編集メシマイシンは、Streptomycesに属する複数種の放線菌によって生合成され[6]、他の細菌に対して抗菌活性を有している[7]。したがって、メシマイシンは抗生物質である[注釈 2]。構造中に12員環のラクトンを有し、これを「12員環マクロライド系抗生物質」と呼ぶ場合もある[3]。メシマイシンのような12員環のマクロライドの構造を有した抗生物質の典型的な構造として、12員環のラクトンの3位の炭素に結合した水酸基に、糖が結合した構造が挙げられる[8] [注釈 3]。
生合成経路
編集メシマイシン生産細菌としては、例えば、Streptomyces venezuelaeが知られる[2]。Streptomyces venezuelaeがメシマイシンを生合成する際には、メシマイシンのアグリコンであるmethynolide部分は、5分子のプロパン酸と、1分子の酢酸が原料として使用される[9][10]。
- 1分子目のプロパン酸 - methynolideの1位・2位の炭素と、2位の炭素に結合しているメチル基の部分。つまり、ラクトンを形成するカルボキシ基も、このプロパン酸に由来する。
- 2分子目のプロパン酸 - methynolideの3位・4位の炭素と、4位の炭素に結合しているメチル基の部分。なお、3位の炭素に結合している水酸基は、プロパン酸のカルボキシ基が還元された形である。
- 3分子目のプロパン酸 - methynolideの5位・6位の炭素と、6位の炭素に結合しているメチル基の部分。
- 4分子目のプロパン酸 - methynolideの9位・10位の炭素と、10位の炭素に結合しているメチル基の部分。ただし、10位の炭素に結合している水酸基は、プロパン酸のカルボキシ基ではない。プロパン酸のカルボニルの炭素は9位の炭素だと判明した。
- 5分子目のプロパン酸 - methynolideの11位・12位・13位の炭素の部分[注釈 4]。なお、ラクトンを形成する11位の炭素に結合している水酸基は、プロパン酸のカルボキシ基が還元された形である。
- 酢酸 - methynolideの7位と8位の部分。なお、7位の炭素に結合しているケトン基は、この酢酸のカルボキシ基に由来する。
なお、methynolideの3位の水酸基に脱水縮合してエーテル結合しているデソサミンが分子内に有する、3級アミンの部分、つまり、窒素にメチル基が2つ結合している部分へのメチル基は、アミノ酸の1種であるメチオニンからメチル基を転移させて供給される事が判明した[9]。これに対して、methynolideが有するメチル基はメチオニン由来ではないことも明らかにされた[9]。
これらの知見は、Streptomyces venezuelaeに、炭素14で標識したメチオニン、1位の炭素だけを炭素14で標識したプロパン酸、2位の炭素だけを炭素14で標識したプロパン酸、1位の炭素だけを炭素14で標識した酢酸などを与えて培養した事で得られた[9]。
人工合成
編集Methynolideとメシマイシンの全合成が達成されている[4]。
ただし、methynolideにデソサミンを結合させる際にβグリコシドであるメシマイシン以外に、αグリコシド体も生成する[7]。αグリコシド体の化膿レンサ球菌に対する活性はβグリコシド体の約5分の1に低下した[7]。
ネオメシマイシン
編集ネオメシマイシン(neomethymycin)はメシマイシンの類縁体である[3]。ネオメシマイシンにはラクトン環の10位ヒドロキシ基がなく、代わりに12位の炭素上にヒドロキシ基を有する[注釈 5][3]。
ネオメシマイシンもStreptomycesに属する複数種の放線菌によって生合成される[6]。ただし、その構造の違いから紫外吸収の極大波長に違いが見られ、メシマイシンの極大吸収波長が223 nmであるのに対して、ネオメシマイシンでは227 nmである[6]。
脚注
編集注釈
編集- ^ ラクトンのカルボキシ基側の炭素を1位として数える。
- ^ 抗生物質と抗菌薬は、厳密には異なる。抗生物質とは、人工合成の化合物ではなく、微生物が産生する天然物であり、他の微生物の発育を妨げる化合物群である。なお、他の微生物とは、細菌だけである必要はない。参考までに、抗生物質に当たる化合物群を、医薬品の分類で見ると、抗菌薬、抗真菌薬、抗ガン剤などに跨る。これに対して、抗菌薬とは、天然物・半合成・人工合成に関わらず、細菌に対して毒性を有しており、細菌の活動を抑えたり、細菌を殺す化合物群である。したがって、それぞれの化合物群の集合は、必要条件も充分条件も満たさず、イコールで結べない。
- ^ 14員環と16員環のマクロライドの構造を有した抗生物質の典型的な構造としては、14員環や16員環の3位には糖が結合せずに、5位の水酸基に糖が結合している点が挙げられる。さらに、14員環や16員環の場合には、複数の糖が結合が目立つ。
- ^ メシマイシンのラクトン環は12員環だが、11位の炭素には、ラクトンを形成している水酸基以外に、一見すると、エチル基も結合した構造に見える。しかし、この場合、主鎖がエチル基の側へ続いていると見なすため、これはエチル基ではなく、12位の炭素と13位の炭素と見なす。
- ^ メシマイシンやネオメシマイシンのラクトン環は12員環だが、11位の炭素には、ラクトンを形成している水酸基以外に、一見すると、エチル基も結合した構造に見える。しかし、この場合、主鎖がエチル基の側へ続いていると見なすため、これはエチル基ではなく、12位の炭素と13位の炭素と見なす。
出典
編集- ^ “KEGG COMPOUND: C11996”. www.genome.jp. 2021年11月4日閲覧。
- ^ a b “Methymycin” (html). pubchem.ncbi.nlm.nih.gov (2021年7月24日). 2021年8月5日閲覧。
- ^ a b c d 田中・中村 1984, p. 112.
- ^ a b 田中・中村 1984, p. 114.
- ^ a b 田中・中村 1984, p. 109.
- ^ a b c d 田中・中村 1984, p. 110.
- ^ a b c 田中・中村 1984, p. 121.
- ^ 田中・中村 1984, p. 106.
- ^ a b c d 田中・中村 1984, p. 119.
- ^ 上野 芳夫・大村 智 監修、田中 晴雄・土屋 友房 編集 『微生物薬品化学(改訂第4版)』 p.310 南江堂 2003年4月15日発行 ISBN 4-524-40179-2
参考文献
編集- 田中 信男・中村 昭四郎『抗生物質大要―化学と生物活性(第3版増補)』東京大学出版会、1984年。ISBN 4-13-062020-7。
- Methymycin (CID:5282034)
- Neomethymycin (CID:5282033)