ニセクロハツ学名Russula subnigricans)は、ベニタケ目ベニタケ科ベニタケ属クロハツ節のキノコ

ニセクロハツ
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分類
: 菌界 Fungi
: 担子菌門 Basidiomycota
亜門 : ハラタケ亜門 Agaricomycotina
: ハラタケ綱 Agaricomycetes
: ベニタケ目 Russulales
: ベニタケ科 Russulaceae
: ベニタケ属 Russula
: クロハツ節 Compactae
: ニセクロハツ R. subnigricans
学名
Russula subnigricans Hongo[1] (1955)
和名
ニセクロハツ[1]

形態

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子実体は柄が短く傘の中央部がへこんだ典型的なベニタケ型で全体的に褐色である。大型の種で傘の直径は5cm-10cm程度[1]。クロハツ(黒初)という名前だが傘の色は黒色というよりは褐色に近く、色味は全体に均一で環状の紋様(zonation)は無い。傘はざらついた質感でビロード状(velvety)[1]と言われることもある。ひだは柄に対して離生し間隔は疎。色はやや黄色味を帯びた白色でクリーム色と言われることも多い。柄は傘と同色だがやや淡い。肉は白色だが弱い変色性があり、傷つけると乳液は出さない。肉はゆっくりと赤変するが、数十分放置しても明確な黒変はしない[1](僅かに黒ずむ程度)。変色の程度は水分含有量、子実体の老若などの個体差、環境差がある。老菌になったときにも弱い変色性があり、全体的にやや濃色にはなるが、ひだはクリーム色を保つといわれる。

生態

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子実体は常緑ブナ科林(いわゆるシイ、カシ)林の林床に発生する。ツブラジイCastanopsis cuspidata、別名コジイ)に限るという説もあるがよくわかっていない。原記載Hongo(1955)にある模式標本の採取地は三井寺滋賀県大津市)及び清水寺京都府京都市)のShiia属樹木の林床とされている[1]Shiia属は現在シイ属Castanopsis)のシノニムとなっている。

ベニタケ科の多くの種と同様に樹木のとの間に外生菌根を形成し、栄養や抗生物質のやりとりを行う共生関係にあると考えられている。子実体の発生時期は気温が高い時期に多く主に盛夏である。

分布

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シイ、カシ類は種類によっては東北地方宮城県付近まで分布しているが、本種による中毒事故は愛知県以西に集中して発生しており、日本での分布範囲については不明な点が多い。韓国、中国南部などにも分布するという。アメリカ合衆国南東部にも本種が分布すると報告されていた[2]が、その後別種と判明してRussula cantharellicolaと命名された[3]

毒性

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ニセクロハツの毒成分・2-シクロプロペンカルボン酸

致命的であり、患者数は少ないものの致死率は高い。猛毒で有名なドクツルタケAmanita virosaテングタケ科)よりも致死率は高く、日本では1989年(平成元年)から2010年(平成22年)までの期間中に、本種が原因と断定されたもので3件9人の中毒患者が発生し4人が死亡、致死率は4人/9人で約44%となる。同期間中のドクツルタケは同11人/52人で約21%であった[4]

毒成分は2008年に京都産の個体から分離された、シクロプロペン誘導体の2-シクロプロペンカルボン酸 (C4H4O2) が骨格筋の組織を溶解し、その溶解物が臓器に障害を与えることが判明した[5]。2008年の解明以前はルスフェリン類が毒性物質と考えられていた[6]がマウスに対し毒性を示さず否定された[5][7]。なお、上記のルスフェリン類と3-ヒドロキシバイキアインは宮城県で採取されたニセクロハツ類似種からのみ検出されており、京都府で採取した真のニセクロハツからはシクロプロピルアセチルカルニチンが発見されている。この物質は、真のニセクロハツと類似種とを見分ける指標になると見られている[5]

症状

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テングタケ科の中毒などに比べると症状発現は早く、喫食後1時間から数時間で嘔吐、下痢などが出ることが多い[8][9]。また上半身などに痛みを訴えることが多く[9][10]、これは横紋筋融解症によるものと見られている。縮瞳呼吸困難言語障害、重症例では腎臓を中心に多臓器不全で死亡する。

診断と治療

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キノコが原因だと思われるときは、図鑑などを患者に見せながらの問診、未調理のキノコや食べ残しの分析、時には現地で類似種を採取するなどして食べたキノコを推定を行う。問診の際にキノコを食べた旨を医師に伝えず(もしくは病院側の過失で伝わらず)、適切な治療を受けられずに重症化した例がしばしばみられる。

特効薬的な治療法はなく対処療法となる。主な治療法は胃洗浄、利尿薬投与、人工透析などが行われる。中国での事例ではニセクロハツ中毒患者に対してペニシリンの大量投与とシリビニン(silibinin、マリアアザミの抽出物)の服用による治療を行ったところ、横紋筋融解症の目安となるクレアチンキナーゼの値を低下し、6人中5人が生存したという[11]。これらはテングタケ科のアマトキシン中毒でもしばしば使われる物質である[注釈 1]

中国では症例が日本よりもけた違いに多く、上記以外にも日本で知られていない知見があると考えられている。また、ヨーロッパにおいて Tricholoma equestre(現在のところ日本のキシメジと同種とされている種)による横紋筋融解症や死亡例が数件報告されているが、本種と同じ仕組みで発症するのか、同じ治療でよいのかどうかなどはよく分かっていない。

中毒事例

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日本ではクロハツによく似たキノコによる中毒死が1954年京都市で発生したのが最初の記録とされる。原因菌の探索が行われ、翌1955年に本郷次雄によって新種ニセクロハツとして報告された[1]。中毒事例は以降散発的に報告されている。日本では数年から10数年に一度程度の頻度。これまで知られている中毒事例はいずれも愛知県、富山県以西からのもので、特に東海地方関西地方での事例が多い。

2018年9月三重県桑名市70代男性、採取してきたキノコを夕方喫食し翌朝下痢24時間後には首の痛みを訴え救急搬送。多臓器不全を発症し一週間後に死亡。患者宅には加熱処理済みの残渣しかなかったために、遺伝子検査を行いニセクロハツと断定した[12]

中国では南部で中毒事故が多発しており、1994年から2012年までに発生したキノコ中毒患者852人のうち4分の1を占め、死亡率は20%以上に上った[13]

類似種

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クロハツ類やシメジ類との誤食に注意する。本種の毒性の強さを鑑み、傘の色が褐色および黒色系のベニタケ属菌(Russula)を食用目的で採取するのは推奨されない。また、ベニタケ科内の他属で近縁のチチタケ属(Lactifluus)菌、カラハツタケ属(Lactarius)菌も子実体の形状はベニタケ型でよく似ているので、特徴をよく把握したうえで同定すること。褐色黒色系の傘を持つベニタケ属菌としては以下の種がよく知られる。

クロハツRussula nigricans)は傘の色が黒色で環状の模様は出ない。ひだが白色で間隔は疎。柄も幼菌は白色。変色性が強く、肉は傷つくと赤色を経て数十分で濃い黒色に変わる。老菌になったときの変色性に関してもニセクロハツよりも強く、ひだや柄も含め子実体全体が黒色になる。マツ科針葉樹やブナ科広葉樹など様々な森林に発生するが、針葉樹林に多いといわれる。

クロハツモドキRussula densifolia)は傘の色が褐色から黒色で環状の模様は出ない。ひだが白色で間隔は極めて密。変色性は非常に強く、肉は傷つくと赤色を経てすぐに濃い黒色に変わる。老菌になるにつれてひだや柄も含め子実体全体が黒色になる。各種林内に生える。クロハツとクロハツモドキはともに多系統で形態が酷似する複数種が複数含まれているといわれ、今後細分化される可能性が大きい。

ニセクロハツ(落葉樹型)は常緑ブナ科林(シイ、カシ)ではなく、落葉ブナ科林(ナラ類)に生える形態的に極めて酷似したものである。毒性などはよくわかっておらず学名も付いていない。ひだが本種に比べて赤みを帯びることからきのこ愛好家たちの間ではアカハニセクロハツ(仮称)などとも呼ばれる。このほかにも未知の類似種の存在が複数種確認されており[14]、遺伝子解析により少なくとも5型が確認された[15]

Russula cantharellicola(和名未定)はアメリカに分布する近縁種であり、形態的に本種とよく似ておりかつては同一種扱いされていた。毒性は不明。

また、褐色系の傘を持つベニタケ科の食用菌としては以下の種もよく知られる。子実体の形はベニタケ型だが、乳液や変色性に特徴がある。

チチタケLactifluus volemus)は傘の色が明るい褐色で環状の模様は出ない。ひだは白色から黄色味を帯びた白色で密。柄は傘と同色の褐色。肉は傷つくと大量の白色の乳液を出し乾くと褐変する。ブナ科森林に夏を中心に発生し、シイ・カシ林にも生える。ヒロハチチタケ (L. hygrophoroides )も色合いがチチタケと同じで、ひだは間隔が疎であるが、この種も傷つくと大量の乳液を出すことで見分けられる。

ハツタケLactarius hatsudake)は傘の色が褐色で環状の模様(zonation)が出る。ひだは赤褐色。柄は傘と同色だがやや淡い。肉は傷つくと赤ワイン色の乳液を出し後に青変する。発生場所はアカマツなどのマツ属林で発生時期は秋。

名前

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和名ニセクロハツはクロハツに形態的に似ていることから。種小名も同じ意味で subnigricansnigricansに近い)はRussula nigricans(和名クロハツ)に似ていることに由来する。命名は和名学名共に菌類学者本郷次雄[1]nigricans自体は「黒く変わる」という意味がありクロハツを傷つけたとき、もしくは老菌になったときに見られる強い変色性に由来する。中国語名は亚稀褶黑菇(偽のひだが疎なクロハツ)、亚稀褶红菇(偽のひだが疎なベニタケ)、火炭菌(炭みたいなキノコ)などと呼ばれる。

脚注

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注釈

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  1. ^ 日本ではシリビニンは未認可で使用されずペニシリンのみ

出典

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  1. ^ a b c d e f g h Tsuguo Hongo (1955) Notes Japanese Larger Fungi(6). The Journal of Japanese Botany(植物研究雑誌)30(3), p.73-76.doi:10.51033/jjapbot.30_3_3843
  2. ^ A deadly Russula、2013年12月30日、コーネル大学
  3. ^ David Arora, Nhu Nguyen,. "A new species of Russula, subgenus Compactae from California." 2014, doi:10.2509/naf2014.009.008
  4. ^ 登田美桜・畝山智香子・豊福肇・森川馨 (2012) わが国における自然毒による食中毒事例の傾向(平成元年~22年). 食品衛生学雑誌53(2), pp105-120. doi:10.3358/shokueishi.53.105
  5. ^ a b c 橋本貴美子, 松浦正憲, 犀川陽子 ほか、「致死性毒きのこ,ニセクロハツの毒成分 横紋筋融解をひき起こす原因物質を解明」 『化学と生物』 2009年 47巻 9号 p.600-602, doi:10.1271/kagakutoseibutsu.47.600
  6. ^ 糸川嘉則編 (1992),毒性試験講座 食品,食品添加物,地人書館 (東京),57
  7. ^ 松浦正憲、加藤優、犀川陽子、乾公正、橋本貴美子、中田雅也 (2008-09-01). “P-51 致死性猛毒きのこニセクロハツ(Russula subnigricans)の毒成分研究(ポスター発表の部)”. 天然有機化合物討論会講演要旨集 (50): 415-420. NAID 110007066729. 
  8. ^ 上田錠ら(2019)[P61-4] ニセクロハツ中毒の治療に難渋した1例. 第46回日本集中治療医学外学術集会
  9. ^ a b 有馬一ら(2022)ニセクロハツによる重症キノコ食中毒の1例. 日本農村医学会雑誌71(4), p.357-362. doi:10.2185/jjrm.71.357
  10. ^ 太田好紀ら(2009)ニセクロハツ中毒の1例. 日本救急医学会雑誌 20(10, p.836-842, doi:10.3893/jjaam.20.836
  11. ^ Shide Lin et al (2015) Russula subnigricans Poisoning: From Gastrointestinal Symptoms to Rhabdomyolysis. Wildness Enviromental Medicine 26(3), p.380-383. doi:10.1016/j.wem.2015.03.027
  12. ^ 健康被害危機管理事例データベース > No.19013 ニセクロハツ喫食による食中毒事例 国立保健医療科学院
  13. ^ Zuohong Chen, Ping Zhang, Zhiguang Zhang (2013-08-15). “Investigation and analysis of 102 mushroom poisoning cases in Southern China from 1994 to 2012”. Fungal Diversity 64 (01): 123-131. doi:10.1007/s13225-013-0260-7. 
  14. ^ Yoshito SHIMONO et al(2014) The phylogeny of Russula section Compactae inferred from the nucleotide sequences of the rDNA large subunit and ITS regions.『三重大学大学院生物資源学研究科紀要40号 p.65-75. hdl:10076/13865
  15. ^ 下野義人, 広井勝, 上田俊穂 ほか、ニセクロハツには5型がある 『日本菌学会第53回大会講演要旨集』 日本菌学会第53回大会セッションID:B2 p.52, doi:10.11556/msj7abst.53.0.41.0、日本菌学会

関連項目

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外部リンク

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