トンティアンロン学名Tongtianlong)は、中華人民共和国江西省の建設現場で発見された、後期白亜紀に生息したオヴィラプトロサウルス類に属する獣脚類恐竜[1]。タイプ種は化石の尾が工事の過程で破損しているが、泥の中を藻掻くような姿勢を示すことから「天国へ向かう泥だらけの竜」の意味でトンティアンロン・リモススTongtianlong limosus)と命名されている[1]トングチアンロングというカナ転写表記もある[2][3]

トンティアンロン
トンティアンロン・リモススのホロタイプ標本
地質時代
後期白亜紀カンパニアン - マーストリヒチアン
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
階級なし : オヴィラプトロサウルス類 Oviraptorosauria
: オヴィラプトル科英語版 Oviraptoridae
: トンティアンロン属 Tongtianlong
学名
Tongtianlong
et al., 2016
タイプ種
Tongtianlong limosus
et al., 2016

同省から発見されたオヴィラプトロサウルス類としては6例目で、大型のヒツジや小型のロバ程度の体サイズを持つ[1]。頭部には単純な形状の鶏冠が存在しており、ドーム状のヘルメット型であった[1]。また前上顎骨の先端部が明瞭な凸型であり、これは何らかの食餌への適応と見られる[1]。本属はオヴィラプトロサウルス類のうちオヴィラプトル科英語版に属し、特にウラテロンバンジと近縁である[2]

発見と命名

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産地を示す地図

トンティアンロン・リモススのタイプ標本は中華人民共和国・江西省の贛州市贛県区で発見された[4]。本標本の発見地は贛県区の第三高等学校の付近であり、発見当時は爆薬[注 1]を用いた工事が行われていた[1][4]。化石は工事に参加した作業員や農民によって回収されており、前肢の遠位部、右の腰帯と後肢、の一部といった骨格の一部が失われている[4]。特に腰帯の付近には爆薬を設置するためのドリルの孔が存在したとされる[4]

発見された標本は、人為的な破壊を受ける以前において少なくともほぼ完全な骨格であったと目されている[4]。化石は立体的に保存されていて関節も自然であり[4]、四肢を体幹に対して側方に伸ばし、また頭部を持ち上げて頸部を伸ばす姿勢を取っている[1][4]。記載論文の共著者であるスティーヴン・ブルサッテはプレスリリースにおいて本標本の個体がぬかるみにはまって脱出しようと藻掻いたと推察しているが[1]、発掘中に現地で化石のマッピングが行われたわけではないため、この姿勢に関する生物学的な推論や化石形成過程の推定には限界がある[4]

タイプ種トンティアンロン・リモススは呂君昌を筆頭著者とする記載論文Lü et al. (2016)で命名された[1]。属名のうちTongtian長江の南に位置する洞窟である贛州市の通天岩のグロットを反映しており、またこれは前肢を広げて死に至った恐竜に対して「天への道」の名を冠するものである[4]。また、long中国語拼音で「」を意味する[4]。種小名のlimosusラテン語で「泥状の」を意味し、本標本が泥岩中に希少な姿勢で発見されたことを反映する[4]。ナショナルジオグラフィックの紹介記事では、全体を通して「天国へ向かう泥だらけの竜」という意味が当てはめられている[1]

特徴

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トンティアンロン・リモススの頭蓋骨

トンティアンロンは他のオヴィラプトル科恐竜と同様に口腔に歯が存在せず、が存在した[1]。嘴の先端部は丸みを帯びており[4]、これは多様な形態の嘴を持つオヴィラプトロサウルス類の多様な採食戦略を反映していると見られる[1]。トンティアンロンの嘴も何らかの適応を示唆するものと目されるが、本属が何を常食していたかは不明である[1]

オヴラィラプトロサウルス類の中でのトンティアンロン・リモススの固有派生形質には、鶏冠の最高部が眼窩の後背側の角の上部に位置すること、前上顎骨の前縁は外側から見て強く凸状であること、頭頂骨の前側縁の中央部に明瞭な突起が存在すること、涙骨のシャフト部が外側から見て前後に長くかつ外側面が平坦であることが挙げられる[4]。またオヴィラプトル科の中での固有派生形質には、大後頭孔が後頭顆よりも小型であること、歯骨下顎結合部の腹側突起が存在しないこと、肋骨縁の後側に胸骨の明瞭な外側剣状突起が存在しないことが挙げられる[4]。またこの他にも、トンティアンロンは多数の形態形質の形質状態に基づいてオヴィラプトル科の他の恐竜から区別されている[4]

分類

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ホロタイプの骨格とそのクローズアップ

トンティアンロンはオヴィラプトル科英語版の恐竜である。Lü et al. (2016)の系統解析ではウラテロンバンジと近縁とされており、2属の共通祖先とトンティアンロンの祖先が姉妹群を構築している[4]。本属の記載論文の筆頭著者である呂君昌は翌年に共同研究者と共に別のオヴィラプトル科恐竜であるコリトラプトルを記載・命名しているが、当該の研究においてもトンティアンロンは同様の類縁関係が再現されている[2]。以下はLü et al. (2017)に基づくクラドグラムである[2][注 2]

 オヴィラプトル科英語版 

Nankangia jiangxiensis

Yulong mini

Nomingia gobiensis

Oviraptor philoceratops

Rinchenia mongoliensis

Zamyn Khondt oviraptorid

Citipati osmolskae

Corythoraptor jacobsi

Huanansaurus ganzhouensis

Tongtianlong limosus

Wulatelong gobiensis

Banji long

Shixinggia oblita

Khaan mckennai

Conchoraptor gracilis

Machairasaurus leptonychus

Jiangxisaurus ganzhouensis

Ganzhousaurus nankangensis

Nemegtomaia barsboldi

"Ingenia" yanshini

Heyuannia huangi

古環境

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泥の中でもがくトンティアンロン

江西省贛州市に分布する上部白亜系の地層からは、2017年時点でバンジジアングシサウルスナンカンジアガンジョウサウルスフアナンサウルスコリトラプトルの6属がトンティアロン以外に報告されている[2]。これらのオヴラィラプトロサウルス類は同地域で適応放散を遂げていたと見られ、採食戦略が異なっていた可能性がある[1]。ただし、化石の産出した南雄層の層序と年代に関する研究が進んでいないため、これらの属が生息した厳密な時代の決定は困難である[4]

また、オヴィラプトロサウルス類の個体発生過程の研究が進んだ場合、贛州市から産出したオヴィラプトル科恐竜はいくつかがジュニアシノニムになる可能性もある[4]。特にトンティアンロンに近縁であり小型の属であるバンジは本属の幼体にあたる可能性も考えられる[4]。ただし、トンティアンロンの固有派生形質がバンジに存在しないこと、また2属の間に多数の形質状態の差異が存在することから、これらは別個の分類群に属する可能性が高い[4]

脚注

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注釈

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  1. ^ et al. (2016)ではTNT爆薬[4]、ナショナルジオグラフィックの紹介記事ではダイナマイト[1]と言及されている。
  2. ^ 太字はトンティアンロンと同じく江西省贛州市で化石が発見された分類群である[2]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o Mark Strauss (2016年11月15日). “新種恐竜「泥の竜」、ダイナマイトで発見”. 日経ナショナルジオグラフィック. 2024年3月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f ヒクイドリのように大きなトサカを持つ 新種のオヴィラプトロサウルス類恐竜を発見・命名』(プレスリリース)北海道大学、2017年8月8日https://www.hokudai.ac.jp/news/170808_pr.pdf2024年3月10日閲覧 
  3. ^ 「恐竜のタマゴの里」は「中国恐竜の里」でもあった! 新種も続々?”. 講談社ブルーバックス. 講談社 (20121-07-27). 2024年3月12日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u Lü, J.; Chen, R.; Brusatte, S.L.; Zhu, Y.; Shen, C. (2016). “A Late Cretaceous diversification of Asian oviraptorid dinosaurs: evidence from a new species preserved in an unusual posture”. Scientific Reports 6: 35780. doi:10.1038/srep35780. PMC 5103654. PMID 27831542. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5103654/.