ダンテ・エクザム

オーストラリアのバスケットボール選手 (1995-)

ダンテ・エクザムDanté Exum 1995年7月13日 - )は、オーストラリアビクトリア州メルボルン出身のプロバスケットボール選手。NBAダラス・マーベリックスに所属している。ポジションはシューティングガードまたはポイントガード

ダンテ・エクザム
Danté Exum
FCバルセロナでのエクザム
(2022年)
ダラス・マーベリックス  No.0
ポジション SG / PG
所属リーグ NBA
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1995-07-13) 1995年7月13日(29歳)
出身地 ビクトリア州メルボルン
身長 196cm (6 ft 5 in)
体重 97kg (214 lb)
キャリア情報
高校 トーマス・カー・カレッジ
レイク・ギニンデラ
NBAドラフト 2014年 / 1巡目 / 全体5位[1]
ユタ・ジャズから指名
プロ選手期間 2014年–現在
経歴
20142019ユタ・ジャズ
20192021クリーブランド・キャバリアーズ
2021–2022FCバルセロナ
2022–2023KKパルチザン
2023ダラス・マーベリックス
受賞歴
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten
代表歴
キャップ オーストラリアの旗 オーストラリア
獲得メダル
オーストラリアの旗 オーストラリア
男子バスケットボール
オリンピック
銅メダル - 3位 2021 東京
FIBAオセアニア選手権
金メダル - 1位 2013 オーストラリア・ニュージーランド
FIBAオセアニア・ユーストーナメント
金メダル - 1位 2010 ニューカレドニア

来歴

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幼少の頃からバスケットボールオーストラリアンフットボールを楽しんできたエクザムは、元NBA選手の父を追うべく、キャンベラ大学入学時にバスケットボールに専念。その傍らでオーストラリア国立スポーツ研究所でスポーツ選手としての修行を積み、2013年のナイキ・フープサミットにも出場するまでに成長した[1]。これで自信を付けたエクザムは、NBAに挑戦することを決意[2]2014年のNBAドラフトにエントリーした。

ユタ・ジャズ

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全体5位でユタ・ジャズから指名され[3]、ルーキーシーズンは全82試合にフル出場した。

2015年8月5日、オーストラリア代表の合宿中だったエクサムは、スロベニア代表との練習試合で、左膝を負傷。その後の検査の結果、前十字靭帯を断裂したことが判明[4][5]オーストラリア代表での活動は勿論ながら、NBA2015-16シーズンの全休を強いられ、2016-17シーズン開幕戦で復帰した。しかし、2017年10月6日のフェニックス・サンズとのプレシーズンマッチで左肩を負傷し、2017-18シーズンは再び全休になると報じられた[6]

クリーブランド・キャバリアーズ

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2019年12月24日、ジョーダン・クラークソンとのトレードでクリーブランド・キャバリアーズへ移籍した。キャバリアーズでのデビュー戦となった2020年1月5日のミネソタ・ティンバーウルブズ戦でキャリアハイとなる28得点を記録した。

ヒューストン・ロケッツ

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2021年1月、キャバリアーズとブルックリン・ネッツヒューストン・ロケッツインディアナ・ペイサーズの4チームが絡む大型トレードで、ロケッツに移籍した[7]。しかし、負傷で出場もままならず、2021-22シーズン開幕前に解雇された。

ユーロリーグでのキャリア(2021-2023)

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2021年12月7日、FCバルセロナ・バスケットとの3ヶ月の短期契約に合意した[8]

2022年7月10日、ユーロリーグABAリーグに所属するKKパルチザンとの契約に合意した[9][10]

ダラス・マーベリックス

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2023年7月14日にダラス・マーベリックスとの契約に合意した[11]

このシーズン、苦手であったスリーポイントを49.1%で沈め、4月7日のロケッツ戦では、試合を同点にするブザービータースリーポイントを沈めている。

個人成績

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略称説明
  GP 試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック  PPG  平均得点  PIR  パフォーマンス指数
 太字  キャリアハイ    リーグリーダー    優勝シーズン  

レギュラーシーズン

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2014–15 UTA 82 41 22.2 .349 .314 .625 1.6 2.4 .5 .2 4.8
2015–16  負傷により全休
2016–17 66 26 18.6 .427 .295 .795 2.0 1.7 .3 .2 6.2
2017–18 14 0 16.8 .483 .278 .806 1.9 3.1 .6 .2 8.1
2018–19 42 1 15.8 .419 .290 .791 1.6 2.6 .3 .1 6.9
2019–20 11 0 7.5 .435 .333 1.000 1.1 .6 .1 .2 2.2
CLE 24 1 16.8 .479 .351 .732 2.3 1.4 .5 .3 5.6
2020–21 6 3 19.4 .385 .182 .500 2.8 2.2 .7 .3 3.8
2023–24 DAL 55 17 19.8 .533 .491 .779 2.7 2.9 .4 .1 7.8
通算 300 89 18.8 .431 .336 .767 2.0 2.2 .4 .2 6.1

プレーオフ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2017 UTA 7 0 12.0 .407 .333 1.000 .9 1.3 .7 .0 4.6
2018 10 0 11.4 .488 .286 .750 1.4 1.0 .1 .1 5.1
2024 DAL 21 0 6.9 .364 .350 .667 .8 .6 .1 .0 2.0
通算 38 0 9.0 .420 .333 .792 1.0 .8 .2 .1 3.3

ユーロリーグ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG PIR
2021–22 FCバルセロナ 25 10 17.0 .515 .545 .849 2.5 1.6 .5 .3 6.3 8.1
2022–23 KKパルチザン 38 7 23.0 .520 .393 .858 2.3 2.7 .8 .2 13.2 14.3
通算 63 17 20.6 .519 .419 .856 2.4 2.3 .7 .2 10.4 11.8

プレースタイル

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オフェンス力は平凡だが、堅実なディフェンスを評価され、守備的チームのユタで出場時間を得ていた。[要出典]しかしnbaでの4年ぶりのシーズン、マブスでスリーポイントを49.1%で沈めオフェンス面での成長をみせている。(49.1%という数字は試合数が足りなかったもののこの年のスリーポイント%王グレイソンアレンの46.1%を上回っている。)

オーストラリア代表

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2012年から各世代の代表に招集され、2014年FIBAバスケットボール・ワールドカップでフル代表デビューを果たした。しかし、2016年のリオデジャネイロオリンピックの出場は、前述の重傷からのリハビリ中との理由で辞退した。

家族

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父のセシルはノースカロライナ州出身のアメリカ人で、母もアメリカ人である。セシルはノースカロライナ大学在学中にマイケル・ジョーダンジェームス・ウォージーらと共にプレーし、1982年のNCAAトーナメントで優勝を経験した。セシルはその後NBAではデンバー・ナゲッツなどでプレーし、1991年からオーストラリアでプレー。引退後もオーストラリアに定住している[12]

脚注

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外部リンク

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