ダイゴトツゲキ(欧字名:Daigo Totsugeki1982年5月12日 - 不明)は、日本競走馬[1]

ダイゴトツゲキ
欧字表記 Daigo Totsugeki[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1982年5月12日[1]
死没 不明
スポーツキー[1]
シルバーファニー[1]
母の父 ドン[1]
生国 日本の旗 日本北海道新冠町[1]
生産者 土井昭徳[1]
馬主 竹村正一
→竹村眞枝
[1]
調教師 吉田三郎栗東[1]
競走成績
生涯成績 7戦3勝[1]
獲得賞金 5539万3400円[1]
勝ち鞍
GI 阪神3歳ステークス 1984年
テンプレートを表示

1984年阪神3歳ステークス(GI)優勝馬。

経歴

編集

競走馬時代

編集

吉田三郎厩舎に入厩し、1984年11月4日に京都の芝の新馬戦でデビュー。調教の動きがよく2番人気に支持され、中団から伸びてデビュー勝ち。新馬勝ちの勢いのまま京都3歳ステークスに出走し前走の野路菊賞を制し大器と目されていたパトリオットを差し切って2連勝。

連勝した勢いで、陣営は関西の3歳王者決定戦である阪神3歳ステークスに挑戦。同じ2戦2勝のニシノバルカンが1番人気に支持され、ダイゴトツゲキは2番人気に支持された。

レースは、始まってすぐに人気のニシノバルカンが故障で競走中止。後にニュージーランドトロフィー4歳ステークスを勝つことになるマルヨプラードが軽快に逃げていたが、直線まで好位で我慢していたダイゴトツゲキは直線鋭く伸びてクビ差交わして3連勝。 ここまでの3戦全ての手綱を握っていた稲葉的海にとっては5年ぶりの重賞制覇であった。

3連勝で関西の3歳王者になったものの評価は高くなく、JRA賞最優秀3歳牡馬に選出されたのは同じく3連勝で東の3歳王者になったスクラムダイナのほうであった。

年が明けて1985年。関西の大将格としてクラシックに臨む緒戦はきさらぎ賞。デビュー後初の1番人気に支持されたものの、3歳時に破ったイブキカネールの3着と人気を裏切った。

そして東上して迎えたスプリングステークス。例年は有力馬は弥生賞から始動する事が多かったが、この年は東の3歳王者スクラムダイナやシンザン最後の傑作ミホシンザン、デビュー戦で弥生賞を勝ったスダホークに快勝し2勝馬ながらも注目されていたサザンフィーバー、3戦3勝のブラックスキーとクラシックで有力と目される馬が勢揃いしていた。

レース当日、関西馬大将格ながらミホシンザンとスクラムダイナから離された3番人気にとどまった。レースは増沢騎手を背に逃げるサザンフィーバーのペースとなり、後方を進む人気馬を尻目に逃げ切りかと思われた残り200 - 300メートルでまさかの落馬競走中止。ミホシンザンが後方から伸びて快勝する中4着。なお落馬したサザンフィーバーは直線で転倒し予後不良となっている。

その後は皐月賞に進んだものの、18着と惨敗。日本ダービーは回避し、菊花賞を目標に調整が進められたが神戸新聞杯で4着に敗れた後に、屈腱炎を発症。復活に向け関係者が努力していたが、1988年3月に登録を抹消。くしくも主戦騎手の稲葉も同時期に引退した。

引退後

編集

引退後は、種牡馬になれず乗馬として第二の馬生を送ったとされる。これは、レースのグレード制導入後に、GI級レースを勝利したにもかかわらず種牡馬になれなかった最初の例である。なお、繋養先や最期などの詳細は分かっていない。

競走成績

編集

以下の内容は、netkeiba.com[2]に基づく。

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順 タイム 着差 騎手 斤量
[kg]
1着馬(2着馬)
1984.11.04 京都 3歳新馬 芝1400m(良) 18 7 15 008.80(2人) 01着 R1:25.3 -0.1 0稲葉的海 54 (ワイドラッキー)
0000.11.25 京都 京都3歳S OP 芝1600m(良) 7 7 7 011.80(3人) 01着 R1:37.0 -0.1 0稲葉的海 53 (パトリオット)
0000.12.16 阪神 阪神3歳S GI 芝1600m(良) 10 7 7 005.40(2人) 01着 R1:36.3 -0.0 0稲葉的海 54 (マルヨプラード)
1985.02.10 中京 きさらぎ賞 GIII 芝1800m(重) 16 7 14 004.00(1人) 03着 R1:52.3 -0.4 0稲葉的海 56 イブキカネール
0000.03.24 中山 スプリングS GII 芝1800m(稍) 11 1 1 011.80(3人) 04着 R1:50.0 -0.5 0稲葉的海 56 ミホシンザン
0000.04.14 中山 皐月賞 GI 芝2000m(稍) 22 4 10 030.80(8人) 18着 R2:04.8 -2.7 0稲葉的海 57 ミホシンザン
0000.09.29 阪神 神戸新聞杯 GIII 芝2000m(不) 12 3 3 013.60(3人) 07着 R2:04.9 -0.7 0村本善之 56 スピードヒーロー

血統表

編集
ダイゴトツゲキ血統ニジンスキー系 / Nasrullah5×4=9.38%、Nearco5×5=6.25% (血統表の出典)

*スポーツキー
Sportsky
1972 黒鹿毛
父の父
Nijinsky
1967 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
父の母
Sports Event
1964 黒鹿毛
T.V. Lark Indian Hemp
Miss Larksfly
Pamplona Postin
Society's War

シルバーファニー
1975 芦毛
*ドン
Don
1966 芦毛
Grey Sovereign Nasrullah
Kong
Diviana Toulouse Lautrec
Desybkea
母の母
リョウマファニー
1968 黒鹿毛
*チャイナロック Rockfella
May Wong
ファニー ゴールドアロー
トヨカツプ F-No.3-l


脚注

編集

注釈

編集

出典

編集
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o ダイゴトツゲキ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年7月7日閲覧。
  2. ^ ダイゴトツゲキの競走成績”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2022年8月8日閲覧。

外部リンク

編集