タヴリダ県
タヴリダ県(ロシア語: Таврическая губерния)はロシア帝国の県の一つ。現在の南ウクライナとクリミアの地域に相当する。県庁所在地はシンフェロポリ。
県章 | |
基本情報 | |
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設置期間 | 1802年 - 1918年 |
県庁所在地 | シンフェロポリ |
人口 | 1,634,700 人 |
面積 | 63,538 km2 |
語源
編集「タヴリダ(Таврида)」という名称は、ギリシア語でクリミア半島を指す古名タウリカ(Ταυρίς, Ταυρίδα)に由来し、日本語ではタヴリーダ、タウリダとも表記される。タヴリダという雅名は、ターヴリカ(Таврика;Тавріка)、ターヴリヤ(Таврия;Таврія)とも呼ばれる。
地理
編集タヴリダ県の面積は約40,000km²であり、このうち約24,000 km²がクリミア半島以外の領域からなる。1906年の統計では総人口160万人と推計されている。県内の人口の大半はウクライナ人(42%)、ロシア人(28%)、クリミア・タタール人(14%)であるが、少数民族としてドイツ人(5%)、ユダヤ人(4%)、ブルガリア人(3%)、ギリシア人(1%)などが含まれる。また、クリミア半島部では、クリミア・タタール人、ロシア人とウクライナ人が多数派を構成しており、少数民族としてドイツ人、ギリシア人、カライム人がいた。
県内の主要都市は、クリミア半島のシンフェロポリ、セヴァストポリ、フェオドシヤ、バフチサライ、ヤルタ、半島外のアレシュキ(オレシュキ;現ツュループィンシク)、ベルジャンスク、メリトーポリなどがある。
歴史
編集タヴリダ県の領域は、1783年に、エカチェリーナ2世によりロシアに併合されたクリミア・ハン国の領域を引き継いでいる。1802年に県行政が施行され、8郡からなるタヴリダ県が設置された。
ロシア10月革命により、1918年にタヴリダ県は廃止され、「タヴリダ・ソビエト社会主義共和国(Советская Социалистическая Республика Тавриды)」が設置された。1921年には、クリミア半島部はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国配下の「クリミア自治ソビエト社会主義共和国」に、半島外の領域は、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国に分割された。
現在では、クリミア半島部はウクライナのクリミア自治共和国、半島外部はウクライナのヘルソン州、ザポリージャ州となっている。ただし、半島は2014年クリミア危機以降、ロシアがクリミア共和国として実効支配している。また、ヘルソン・ザポリージャ両州は、2022年ロシアのウクライナ侵攻とそれに伴う領土併合宣言以降、ロシアがヘルソン州 (ロシア連邦)、ザポロージェ州 (ロシア連邦)として実効支配している(ウクライナが設置した州と名称はほぼ変わらないが、ロシアの連邦構成主体として扱われる)。
参考文献
編集- Таврическая губерния // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона: В 86 томах (82 т. и 4 доп.) — СПб., 1890—1907.