シュガー・ラモス
キューバのプロボクサー (1941-2017)
シュガー・ラモス(Sugar Ramos、男性、1941年12月2日 - 2017年9月3日[1])は、キューバのプロボクサー。元WBAおよびWBC世界フェザー級王者。試合のダメージにより対戦相手が2人死去しており、「殺人パンチャー」と呼ばれた[2]。
基本情報 | |
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本名 | Ultiminio Ramos Zaqueira |
通称 | Sugar |
階級 | フェザー級 |
身長 | 164cm |
リーチ | 173cm |
国籍 |
キューバ メキシコ |
誕生日 | 1941年12月2日 |
出身地 | キューバ・マタンサス |
死没日 | 2017年9月3日(75歳没) |
死没地 | メキシコ・メキシコシティ |
スタイル | オーソドックス |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 66 |
勝ち | 55 |
KO勝ち | 40 |
敗け | 7 |
引き分け | 4 |
来歴
編集1957年10月5日、プロデビュー。
1958年11月8日、ホセ・ブランコと対戦し、8回KO勝ち。ブランコはこの試合が原因で11月9日に死去した。
1960年2月14日、21戦目でキューバフェザー級王座を獲得した。
キューバ革命により、妻子を残したままキューバを離れメキシコへ亡命。1961年4月22日からはメキシコを主戦場にするようになった。
1963年3月21日、43戦目でWBA・WBC世界フェザー級王者デビー・ムーアに挑戦し、10回TKO勝ちで世界王座を獲得した。ムーアはこの試合が原因で3月23日に死去した。
1964年3月1日、防衛戦で関光徳と対戦し、6回TKO勝ちで2度目の防衛に成功した[3]。
1964年9月26日、4度目の防衛戦でビセンテ・サルディバルと対戦。11回終了時に棄権し、王座から陥落した。
1966年10月22日、階級を上げWBA・WBC世界ライト級王者カルロス・オルチスに挑戦し、5回TKO負け。1967年7月1日、オルチスと再戦するも、4回TKO負け。2階級制覇に失敗した。
1972年4月25日の試合を最後に引退した。
獲得タイトル
編集脚注
編集- ^ a b “関光徳、サルディバルと戦ったシュガー・ラモス死去”. Boxing News. (2017年9月4日) 2017年9月4日閲覧。
- ^ 末永慶寛. “No. 287 メキシコの赤い鷹 ビセンテ・サルディバル”. リング・ジャパン. 2010年5月30日閲覧。
- ^ ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年、188頁
関連項目
編集外部リンク
編集前王者 デビー・ムーア |
WBA世界フェザー級王者 1963年3月21日 - 1964年9月26日 |
次王者 ビセンテ・サルディバル |
前王者 デビー・ムーア |
WBC世界フェザー級王者 1963年3月21日 - 1964年9月26日 |
次王者 ビセンテ・サルディバル |