クラインフェルター症候群
クラインフェルター症候群(クラインフェルターしょうこうぐん、英: Klinefelter syndrome)とは、男性の性染色体にX染色体が一つ以上多いことで生じる一連の症候群。1942年にアメリカのハリー・クラインフェルターによって初めて報告された[1]。クラインフェルター博士はこれを精巣機能低下症として報告したが、その後の調べで1959年に原因が染色体異常と明らかになった[2]。
原因
編集通常の男性の性染色体は「XY(46,XY)」であるが、「2個以上のX染色体と少なくとも1つのY染色体の保有」があるとこの症例になる[注釈 1]。そのほとんどは減数分裂時の染色体不分離に起因するが、受精後の不分離が原因である例も存在する。
なお、X染色体は複数ある場合、1本を残して不活性化されるが、実際にはX染色体の両端部(偽常染色体領域 PAR[注釈 2])は不活性化側でも活動している[注釈 3]のでこの差異で異常が起きる[2]。
過剰なX染色体は60%の症例で母親由来である[3]。
疫学
編集頻度は男性700-2000人に1人[4][5]、あるいは1000人に1人[2]、500-1000人に1人[6][7]、XXYが800人に1人[8]など。
なお、頻度は上述のように資料によっては「クラインフェルター症候群全体」の数値と「47,XXYのみ」の数値をあげているものがあるので注意。
47,XXY以外はかなり少なく、例として48,XXYYは25000-50000人に1人程度[9][10]。
ただし、不妊をきっかけに来院して発見される(逆に言えばそれまで問題なく生活していた)こともあり[11]、自分が症候群だと知らずに生活している人間も多数いると推測できる[12]。
症状
編集性分化異常ではあるが、外性器・内性器共に男性型である(小睾丸・小ペニスはある)[13]。
本症によくもしくは時々見られる臨床症状(学習障害、長い腕と脚、小さな精巣、無精子症による不妊症など[5][10])の原因は大まかには以下の要因による。
- 精母細胞の早期死滅による性腺機能不全
- 精母細胞は精子になるための減数分裂を行うが、本症ではこれができずに胎生期から精母細胞が死滅し、成人になるころには無精子症になっていることが多い[14]。無精子症は10~15%が染色体異常が原因だが、その9割以上がクラインフェルター症候群である[15]。
- SHOX遺伝子の過剰による高身長化
- SHOX遺伝子はX・Y染色体の短腕に存在して身長を伸ばす効果があるが、不活性化から外れる擬似常染色体領域にあるのでこれが通常の1.5倍以上ある本症では高身長になりやすい。
これらはすべての本症に見られるわけではなく、例として女性化乳房は約50%に見られる[17]程度で、第二次性徴自体は正常に起こる方が多い[18]。
また、本症の知能は一般原則として正常の範囲だが、軽度の精神発達遅滞や学習障害を伴うことがあり、過剰なX染色体が多いほどこの程度が激しくなる[14][19]。ので、IQが平均より10~15ほど低くなるともされるが大人しい性格(引っ込み思案・恥ずかしがり・未熟・慎重など)と見られることが多い[17]。
生殖器やそのホルモン関連と知能以外では耐糖能異常[18]あるいは糖尿病(4 - 39%ほど[20])、慢性肺疾患、静脈瘤、甲状腺機能低下症、乳がん、下腿潰瘍、鬱滞性皮膚炎[21]を発症しやすい傾向があるとされ、過剰なX染色体が多いほど障害の傾向も強い[5]。認知機能や言語機能の遅れ[20]、社会的スキルや感情のコントロールの脆弱性や高い攻撃性が指摘されている[22]。
治療
編集クラインフェルター症候群に限らず、原発性性腺機能低下症は精巣機能の回復が期待できないので男性ホルモンの補充を行い、これで二次性徴や勃起能が回復する。ただし精子形成はこの方法で回復しない[16]。
無精子症については絶対的な男性不妊と考えられていたが、XYとXXYのモザイクの場合、睾丸内のXY細胞の数が多ければ特に受精に問題は生じない。非モザイク型の場合でも患者の精巣内に少量の精子が存在することがあり[23]、精巣内精子採取術(TESE)[24]、顕微鏡下精巣内精子採取術[25]によって精子回収が可能(TESEで50~70%の症例で回収可能[18]、顕微鏡下精巣内精子採取術で25%ほど可能[23]だったという。)になったため、十分な遺伝カウンセリングの後、生殖補助技術(人工授精など)により子供を得ることが可能な場合もある。
女性化乳房が見られる場合は一過性の場合はそのままでもよいが、持続するときは手術する[26]。
注釈
編集- ^ 典型例は「XXY(47,XXY)」だが「XXXY(48,XXXY)」「XXXXY」「XXYY」などやこれらのモザイク型(46,XY/47,XXYなど)もクラインフェルター症候群になる。
- ^ 正式名は pseudo autsomal region。
- ^ 詳細はX染色体の不活性化を参照。
- ^ テストステロン分泌不全が胎児期に起こると生殖器の奇形を起こす((中尾2009)p.377)が、本症ではY染色体のSRY遺伝子は正常(欠損の場合は別の症例になる)なので、この時点では問題が起きず性器は男性型で特に異常は認められない。((高橋2010)p.272「症状」)
- ^ 全体的に大きいのではなく四肢が長くなる、具体的には通常の成人は身長と指極(両手を伸ばした時の指の先端)がほぼ等しいが、本症では身長より指極が長くなる。((医学情報研究所2018)p.71「Klinefelter症候群の身体所見」)
出典
編集- ^ Klinefelter Jr, Harry F; Reifenstein Jr, Edward C; Albright Jr, Fuller (1942). “Syndrome characterized by gynecomastia, aspermatogenesis without A-Leydigism, and increased excretion of follicle-stimulating hormone”. The Journal of Clinical Endocrinology (Oxford University Press) 2 (11): 615-627. doi:10.1210/JCEM-2-11-615 .
- ^ a b c (高橋2010)p.272「概念」
- ^ 性染色体異常/クラインフェルター症候群(47,XXY) MSDマニュアル プロフェッショナル版
- ^ C M Smyth, W J Bremner (1998) "Klinefelter syndrome". Arch Intern Med 158: p.1309-1314, PMID 9645824, doi:10.1001/archinte.158.12.1309.
- ^ a b c クラインフェルター症候群(Klinefelter'症候群) MSDマニュアル
- ^ (医学情報研究所2018)p.71「intro.」
- ^ (中尾2009)p.372
- ^ (日本人類遺伝学会)「12. 染色体異常の頻度 a、新生児染色体異常の頻度 p.1」
- ^ 市川篤二, 落合京一郎, 高安久雄: 新臨床泌尿器科全書. 第8巻B, p. 126-132, 金原出版, 東京, 1984
- ^ a b 池上雅久, 橋本潔, 大西規夫, 井口正典, 際本宏, 栗田孝「48 XXYYクラインフェルター症候群の1例」『日本泌尿器科学会雑誌』第85巻第12号、日本泌尿器科学会、1994年、1781-1783頁、CRID 1390001205056685568、doi:10.5980/jpnjurol1989.85.1781、ISSN 0021-5287。
- ^ (医学情報研究所2018)p.71「MINIMAMUM ESSENCE」
- ^ 小児内科 2015 Vol.47 増刊号、柴田浩憲・他「Klinefelter症候群」
- ^ (高橋2010)p.233-234「★19クラインフェルター症候群」・「会陰部の所見」
- ^ a b c d (高橋2010)p.272「症状」
- ^ (日本人類遺伝学会)「06. リプロダクションの異常 a、男性不妊と無・乏精子症 p.1」
- ^ a b (中尾2009)p.376-377「高ゴナドトロピン性(原発性)性腺機能低下症」
- ^ a b (日本人類遺伝学会)「07. 出生前診断 e、羊水細胞の性染色体異常 p.1」
- ^ a b c (医学情報研究所2018)p.71「Klinefelter症候群の身体所見」
- ^ (医学情報研究所2018)p.71「補足事項」
- ^ a b 田中 2002.
- ^ 安里豊, 野中薫雄, 青木武雄「Klinefelter 症候群に認めたうっ滞性皮膚炎」『西日本皮膚科』第66巻第6号、日本皮膚科学会西部支部、2004年12月、559-563頁、doi:10.2336/nishinihonhifu.66.559、ISSN 03869784、NAID 10018999130。 (要登録)
- ^ Grammatico, P., Bottoni, U., DeSanctis, S., Sulli, N., Tonanzi, T., Onorio, A. C. and Porto, G. D.: "A male patient with 48,XXYY syndrome: importance of distinction from Klinefelter's syndrome." Clin. Genetics, 38, 74-78, 1990, doi:10.1111/j.1399-0004.1990.tb03550.x.
- ^ a b 山口耕平, 近藤有, 石川智基, 大場健史, 藤澤正人「OP-335 非モザイク型クラインフェルター症候群に対する顕微鏡下精巣内精子採取術の検討(第95回日本泌尿器科学会総会)」『日本泌尿器科学会雑誌』第98巻第2号、日本泌尿器科学会、2007年、374頁、doi:10.5980/jpnjurol.98.374_3、ISSN 0021-5287、NAID 110006294197。
- ^ 江口二朗, 野俣浩一郎, 西村直樹, 金武洋「クラインフェルター症候群の臨床的検討(第93回日本泌尿器科学会総会)」『日本泌尿器科学会雑誌』第96巻第2号、日本泌尿器科学会、2005年、222頁、doi:10.5980/jpnjurol.96.222_3、ISSN 0021-5287、NAID 110004038889。
- ^ 磯山忠広, 山本泰久, ニコラオス・ソフィキティス, 見尾保幸, 宮川征男「クラインフェルター症候群に対する精巣内精子を用いた顕微授精 : 第86回日本泌尿器科学会総会」『日本泌尿器科学会雑誌』第89巻第2号、日本泌尿器科学会、1998年、370頁、doi:10.5980/jpnjurol.89.370_1、ISSN 0021-5287、NAID 110003100224。
- ^ (日本人類遺伝学会)「07. 出生前診断 e、羊水細胞の性染色体異常 p.1」
参考文献
編集- 平山謙二(監)上坂義和(監) 高橋茂樹『STEP内科1 神経・遺伝・免疫』(第3版)海馬書房、2010年、p.233-234「性徴異常」(森昌朋 執筆)・272「Klinefelter症候群」(六車光英、松田公志 執筆)・275-277「男性性腺機能低下症」(六車光英、松田公志 執筆)頁。ISBN 978-4-907704-71-1。
- 日野原重明(監)井村裕夫(監)中尾一和(編)『看護のための新医学講座[第2版]7 代謝疾患・内分泌疾患』(第2版)株式会社 中山書店、2009年、p.375-376「男性性腺機能低下症」頁。ISBN 978-4-521-73096-7。
- 医学情報研究所 編集『病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科』(第4版)株式会社メディックメディア、2018年、p.71「Klinefelter症候群」(監修:緒方勤)他頁。ISBN 978-4-89632-712-0。
- “「染色体異常をみつけたら」 目次”. 日本人類遺伝学会. 2015年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月26日閲覧。
- クラインフェルター症候群(Klinefelter'症候群) MSDマニュアル
- クラインフェルター症候群(KS)(平成21年度) 難病情報センター
- 田中早津紀, 前田康司, 奥田譲治, 門田一郎, 西村治男「著しいインスリン抵抗性を呈しチアゾリジン誘導体により糖尿病が改善したと考えられるlinefelter症候群の1例」『糖尿病』第45巻第10号、日本糖尿病学会、2002年10月、747-752頁、doi:10.11213/tonyobyo1958.45.747、ISSN 0021437X、NAID 10010229652。
関連項目
編集外部リンク
編集- 性染色体異常/クラインフェルター症候群(47,XXY) MSDマニュアル プロフェッショナル版
- クラインフェルター症候群(KS)(平成21年度) 難病情報センター