ウィリアム・クリスマス (ウォーターフォード・シティの庶民院議員)
ウィリアム・クリスマス(William Christmas、1799年ごろ – 1867年3月22日)は、イギリスの政治家。アイルランド保守党に属し、ウォーターフォード・シティ選挙区選出の庶民院議員を務めた。
略歴
編集トマス・クリスマス(Thomas Christmas)と妻キャサリン(Katharine、第8代準男爵サー・ウィリアム・オズボーンの娘)の長男として[1]、1799年ごろに生まれた[2]。クリスマス家はトマス・クリスマス(Thomas Christmas、1622年 – 1704年[1])が1666年にウォーターフォード県で領地を与えられた後、子孫代々同県のウィットフィールド・コート(Whitfield Court)に住んでいた[3]。クリスマスは1862年5月時点でキルケニー県、ティペラリー県、ウェックスフォード県、リムリック県に4,000エーカー以上の領地を有し、その死後の1870年代には妻がウォーターフォード県で4,025エーカーの領地を所有したという記録が存在する[3]。
1824年、ウォーターフォード県長官を務めた[4]。このほか、ウォーターフォード県の副統監も務めた[1]。
1832年イギリス総選挙でトーリー党(アイルランドでは1834年よりアイルランド保守党)の候補としてウォーターフォード・シティ選挙区から出馬、570票(得票数2位)で庶民院議員に当選したが、1835年イギリス総選挙では440票(得票数3位)しか得られずに落選した[5]。1841年イギリス総選挙で再び出馬して、285票(得票数1位)で当選したが、選挙申立を経て1842年6月に落選を宣告された[5]。1852年イギリス総選挙で三たび出馬して、355票(得票数3位)で落選した[5]。
庶民院ではアイルランド王国とグレートブリテン王国の合同維持に賛成したが、一方で十分の一税改革や工場法など穏健な改革にも賛成した[6]。また政治家ダニエル・オコンネルを強く批判しており、オコンネルから「もっとも暗く、無愛嬌なクリスマス」と評された[注釈 1][6]。
1820年と1849年の間にウォーターフォード県でウィットフィールド・コートを再建した[7]。
以降もウォーターフォードで保守党を支持する選挙活動を続けたが、1866年12月の補欠選挙で保守党候補の出馬表明に支持する声を挙げ、投票した後に投票所から出ると、ごろつきから暴行を受け、そのときの怪我がもとになり1867年3月にウォーターフォード県ウィットフィールド・コート(Whitfield Court)の自宅で死去した[6]。妻オクタヴィア(Octavia、トマス・ウィンイェイツの娘)との間で子女がおらず、遺産は妻、ついでクリスマスの弟の息子にあたるウィリアム・オズボーン・クリスマス(William Osborne Christmas)が相続した[1][3]。
注釈
編集- ^ 訳注:クリスマスの夜が暗い(dark)ことと、クリスマス氏を邪悪(dark)であると評したことをかけた洒落。
出典
編集- ^ a b c d Burke, Sir Bernard (1886). A Genealogical and Heraldic History of the Landed Gentry of Great Britain and Ireland (英語). Vol. I (7th ed.). London: Harrison and Sons. pp. 347–348.
- ^ "CHRISTMAS, William (c.1799-1867), of Whitfield Court, co. Waterford and 10 Dover Street, London". The History of Parliament (英語). 2024年12月25日閲覧。
- ^ a b c "Christmas". Landed Estates (英語). University of Galway. 2024年12月25日閲覧。
- ^ "High Sheriffs-1824". The Connaught Journal (英語). Galway. 15 March 1824.
- ^ a b c Walker, Brian M., ed. (1978). Parliamentary Election Results in Ireland, 1801–1922 (英語). Royal Irish Academy. pp. 317–318. ISBN 0-90171412-7。
- ^ a b c Ball, Stephen (20 December 2012). "MP of the month: William Christmas". The Victorian Commons. 2024年12月25日閲覧。
- ^ "Whitfield Court". Landed Estates (英語). University of Galway. 2024年12月25日閲覧。
外部リンク
編集- Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Mr William Christmas
グレートブリテンおよびアイルランド連合王国議会 | ||
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先代 サー・ジョン・ニューポート準男爵 |
庶民院議員(ウォーターフォード・シティ選挙区選出) 1832年 – 1835年 同職:ヘンリー・バロン |
次代 ヘンリー・バロン トマス・ワイズ |
先代 ヘンリー・バロン トマス・ワイズ |
庶民院議員(ウォーターフォード・シティ選挙区選出) 1841年 – 1842年 同職:ウィリアム・モリス・リード |
次代 ヘンリー・バロン トマス・ワイズ |