イギリス領トーゴランド
かつてアフリカに存在したイギリスの植民地
- イギリス領トーゴランド
- British Togoland
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← 1916年 - 1956年 → (国旗) (国章) - 国歌: God Save the King
国王陛下万歳
God Save the Queen
女王陛下万歳
左:イギリス領トーゴランド
右:フランス領トーゴランド-
公用語 英語(公用語)
ガーナ・トーゴ山脈語群
グベ語群
グル語群首都 ホ 通貨 西アフリカ・ポンド 現在 ガーナ
イギリス領トーゴランド(英語: British Togoland)は、イギリスが西アフリカに1916年から1956年の間所有していた領土。正式名称は委任統治領トーゴランド(Mandate Territory of Togoland)、後に信託統治領トーゴランド(Trust Territory of Togoland)と改名される。
歴史
編集1916年、第一次世界大戦のアフリカ戦線で、イギリスとフランスはドイツから独領トーゴラントを奪った。2国はトーゴラントを東西に分割し、西側を英領トーゴランド、東側を仏領トーゴランドとした。大戦後、両トーゴランドは国際連盟のB級委任統治領になった。
1922年、両トーゴランドは正式に両国の植民地の一部となった。
第二次世界大戦後は、国際連合の信託統治領となりイギリスが支配した。
1954年、イギリス政府は国連に対し、1957年以降は信託統治領を支配出来ないと伝えた。
1955年12月、国連総会はイギリスに対し、トーゴランドでの国民投票を提案した。
1956年5月9日、国民投票が行われた。国民の58%は西隣の英領ゴールド・コースト(イギリスの直轄植民地)との合併を望んだ。42%は黄金海岸ではなく、エウェ人の統一国家を建国する為に東隣のフランス領トーゴランドとの合併を望んだ[1]。12月13日、国連総会は決議1044号「イギリス支配下のトーゴランドの将来」を採択し、国民投票結果を認めた。
脚注
編集- ^ McLaughlin (1994), "The Politics of the Independence Movements".
- ^ UN Publication entitled "The Future of the Togolands Archived December 17, 2013, at the Wayback Machine.
- ^ General Assembly, Eleventh Session, General Assembly resolution 1044 on “The future of Togoland under British administration”