アーバン・マイヤー

アメリカンフットボール選手、コーナーバック

アーバン・フランク・マイヤー三世Urban Frank Meyer III1964年7月10日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州トレド出身のアメリカンフットボール指導者。2021年シーズンには途中までナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のジャクソンビル・ジャガーズにてヘッドコーチを務めた。

アーバン・マイヤー
Urban Meyer
refer to caption
2017年
基本情報
ポジション ディフェンシブバック
生年月日 (1964-07-10) 1964年7月10日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オハイオ州トレド
経歴
高校 セント・ジョン学校
(オハイオ州アシュタビューラ
大学 シンシナティ大学
所属歴
コーチ歴
1985 セント・ザビエル高校
1986-1987 オハイオ州立大学
1988-1989 イリノイ州立大学
1990-1995 コロラド州立大学
1996-2000 ノートルダム大学
2001-2002 ボーリング・グリーン州立大学 (HC)
2003-2004 ユタ大学 (HC)
2005-2010 フロリダ大学 (HC)
2012-2018 オハイオ州立大学 (HC)
2021 ジャクソンビル・ジャガーズ (HC)
受賞歴・記録
その他受賞・記録
ディビジョン1 FBS ナショナルチャンピオン:3回 (2006, 2008, 2014)
ビッグ・テン優勝:3回 (2014, 2017, 2018)
SEC優勝:2回 (2006, 2008)
MW優勝:2回 (2003, 2004)
Coaching stats at PFR

これまで、2001年から2002年までボーリング・グリーン州立大学、2003年から2004年までユタ大学、2005年から2010年までフロリダ大学、そして2012年から2018年までオハイオ州立大学のヘッドコーチを務めていた。 2019年のローズボウルを最後にコーチ業を引退し、オハイオ州立大学にはアスレチック・ディレクター補佐として残り、FOXスポーツのアナリストとして、テレビ番組にレギュラー出演していた。しかし2021年、引退を撤回してジャクソンビル・ジャガーズのヘッドコーチに就任し、初となるNFLの職務に就くこととなった[1][2]。だが2021年12月、チームが2勝11敗となりプレーオフを逃した段階で解雇された[3]

概要

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オハイオ州ダブリンにあるマイヤーの名を冠した通り

オハイオ州トレドで生まれ、その後アシュタビューラに転居した。1982年、セント・ジョン学校卒業時にMLBドラフト13巡目でアトランタ・ブレーブス遊撃手として指名され、その後ブレーブス傘下のマイナーリーグで2シーズンを過ごした[4]シンシナティ大学ではディフェンシブバックとしてプレーし、1986年に心理学の学士を取得した。卒業後はオハイオ州立大学に進み、1988年にスポーツ管理学の修士号を取得した。

シンシナティ大学卒業後にコーチ業を始め、のちにカレッジフットボールのコーチ業に就く。フロリダ大学のヘッドコーチ時代は、2006年と2008年にBCSナショナル・チャンピオンシップ・ゲームで優勝。2011年に一時的にコーチ業を引退した後、ESPNでカレッジフットボールのアナリストとして活躍し、その後オハイオ州立大学のヘッドコーチに就任した。2014年には、初のビッグ・テン・カンファレンス優勝と8回目の全米優勝を果たした。

脚注

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  1. ^ アーバン・マイヤーがジャガーズ新HCに”. NFL JAPAN (2021年1月15日). 2021年10月26日閲覧。
  2. ^ 【NFL】超大物マイヤーがジャガーズHCに 全米優勝3回、カレッジきっての名将”. BBMスポーツ (2021年1月15日). 2021年10月26日閲覧。
  3. ^ ジャガーズがHCアーバン・マイヤーを解雇、OCベベルが暫定HCに”. NFL JAPAN (2021年12月16日). 2021年12月16日閲覧。
  4. ^ Bowman, Mark (2016年12月30日). “Baseball was Meyer's first love”. MLB.com. http://m.braves.mlb.com/news/article/212573114/osus-urban-meyer-was-a-braves-minor-leaguer/ 2021年10月26日閲覧。 

外部リンク

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