アントンス・イェメリンス
ラトビアのサッカー選手
アントンス・イェメリンス(ラトビア語: Antons Jemeļins、1984年2月19日 - )は、ラトビアの元サッカー選手。元ラトビア代表。現役時代のポジションはDF。
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名前 | ||||||
本名 | アントンス・イェメリンス | |||||
ラテン文字 | Antons Jemeļins | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | ラトビア | |||||
生年月日 | 1984年2月19日(40歳) | |||||
出身地 | リエパーヤ | |||||
身長 | 188cm | |||||
体重 | 84kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | DF(CB) | |||||
利き足 | 左足 | |||||
ユース | ||||||
リエパーヤス・メタルルグス | ||||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2004-2011 | リエパーヤス・メタルルグス | 95 | (13) | |||
2012 | スパルタクス・ユールマラ | 33 | (12) | |||
2013 | リエパーヤス・メタルルグス | 20 | (7) | |||
2014 | ティラスポリ | 0 | (0) | |||
2014 | アトランタス | 10 | (2) | |||
2015-2018 | ヴェンツピルス | 55 | (3) | |||
2018-2020 | FKリエパーヤ | 9 | (0) | |||
代表歴 | ||||||
2005-2006 | ラトビア U-21 | 4 | (0) | |||
2005 | ラトビア | 1 | (0) | |||
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クラブ歴
編集2004年にFKリエパーヤス・メタルルグスの下部組織からトップチームに昇格して選手となった。2005年9月21日のヴィルスリーガ・FKリガ戦ではリガを6-0で破ったが、彼も1得点を決めた[1]。なお、リザーブチームでもプレーし2005年は4得点[1]、2006年は2得点を決めている[2]。
2012年にFKスパルタクス・ユールマラに移籍した後、2013年にリエパーヤス・メタルルグスに復帰。
2014年にはFCティラスポリに移籍するが1試合も出場せずに退団。その後、FKアトランタスに在籍した後、FKヴェンツピルスでラトビアに復帰。
代表歴
編集ラトビアU-21代表としてUEFA U-21欧州選手権2006予選に出場経験がある[3]。
2005年11月2日にユリス・アンドレイェフス監督からA代表初招集を受け、12日のベラルーシ代表との親善試合で初出場[4]。
2012年5月にアレクサンドルス・スタルコフス監督からバルティックカップ2012のメンバーとして招集されて代表に復帰。ラトビア代表は同大会で優勝したが、彼の出場機会は巡ってこなかった[5]。
タイトル
編集クラブ
編集- リエパーヤス・メタルルグス
- ヴェンツピリス
- ラトビヤス・カウス: 2016-17
代表
編集参考文献
編集- ^ a b “Latvia 2005”. RSSSF (2006年3月4日). 23 January 2008時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月6日閲覧。
- ^ “Latvia 2006”. RSSSF (2007年3月21日). 2 February 2008時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月6日閲覧。
- ^ “Russia reap attacking reward”. UEFA. (2005年7月6日) 2008年2月6日閲覧。 [リンク切れ]
- ^ “Andrejevs opts for familiar faces”. UEFA. (2005年11月2日) 2008年2月6日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Savainoto Ruginu Baltijas kausā aizstās Jemeļins”. Sportacentrs.com (2012年5月31日). 2015年1月4日閲覧。
外部リンク
編集- アントンス・イェメリンス - National-Football-Teams.com
- アントンス・イェメリンス - Soccerwayによる個人成績
- アントンス・イェメリンス - transfermarkt