アルヴィースの言葉[1]』(アルヴィースのことば、古ノルド語: Alvíssmál)とは、古ノルド語詩である。一般に『古エッダ』の一篇に数えられ、北欧神話の原典資料の一つとなっている。『アルヴィースの歌[2]』とも。

トールの質問に答えるアルヴィース。『古エッダ』の刊本の一つ(1908年)の挿絵より。
アルヴィースが日射しによって石へと変じる。

アース神トールドヴェルグアルヴィースとの間の知恵比べが歌われている。その中で、言葉の言いかえ(ヘイティ英語版も参照)が、「各部族(人間、アース神、等)での呼ばれ方」として列挙される(スールル)。

詩形は歌謡律[3]。11世紀の成立と考えられている[3]。第20スタンザ(「風」の言いかえ)が『詩語法』第74段落に、第30スタンザ(「夜」の言いかえ)が第78段落に、それぞれ引用されている[4]

内容

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(第1-8スタンザ):トールの元をアルヴィースと名乗るドヴェルグが訪れる。トールの娘(一般にスルーズと解される)を花嫁にもらう約束があり、それを果たしに来たのだと。トールは反対する。そして知恵比べを持ち掛け、自身の質問に全て答えられたら娘を渡すと告げる。

(第9-34スタンザ):トールの出題とアルヴィースの解答という形で、「地」や「天」といった言葉の言いかえが列挙される。#言葉の表参照。

(第35スタンザ):トールはアルヴィースの知識を褒め称えるものの、同時に夜が明けたことを告げる。アルヴィースのようなドヴェルグは日光を浴びると石になるとされており[5]、トールはそれを利用してアルヴィースを罠にかけていたのだった。

言葉の表

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  • 各セルの1行目は谷口訳の音写、2行目は谷口訳の語彙解説、3行目はNeckel版(谷口訳の底本。ただし本記事で参照したのは電子テキスト版)の古ノルド語表記である。左上の数字は、詩の中で登場する順番を意味する(行ごと)。
  • 行見出し・列見出し等に併記した古ノルド語表記も、Neckel版のものである。
  • これら古ノルド語表記は、曲用を考慮せず、参照した原文のまま(主格単数形に戻す等の操作を行わずに)掲載した。
  • スタンザ番号は谷口訳に従った。
スタンザ 元の語 言いかえ
人間たち
mǫnnom
アース神たち
ásom
ヴァンル神たち
vanir
巨人たち
iotnar
妖精たち(小人たち)[6]
álfar
天の神々
upregin
神々
goðom
小人たち
dvergar
冥府(ヘル)で
helio
アース神の子ら
ása synir
より高い神々
ginregin
人々
halir
スットゥングの子ら
Suttungs synir
09-10 大地
iorð
1イェルズ
大地
iorð
2フォルド

fold
3ヴェグ

vega
4イーグレーン
緑なるもの
ígron
5グローアンディ
緑なすもの
gróandi
6アウル
砂地
aur
- - - - - - -
11-12
himinn
1ヒミン

himinn
- 3ヴィンドオヴニル
風を織るもの
vindofni
4ウップヘイム
上の国
uppheim
5ファグラレーヴ
美しい屋根
fagraræfr
- 2フリュールニル
星のまきちらされたるもの
hlýmir
6ドリュープ サル
水の滴る館
driúpan sal
- - - - -
13-14
máni
1マーニ

máni
- - 4スキュンディ
韋駄天
scyndi
6アールタラ
時測り
ártala
- 2ミュリン
欠けるもの
hlýmir
5スキン

sein
3フヴェルファンダ フヴェール
回転する輪
hverfanda hvél
- - - --
15-16 太陽
sól
1ソール
太陽
sól
- - 4エイグロー
永遠に輝くもの
eygló
5ファグラヴェール
輝く輪
fagrahvél
- 2スンナ
南の輝き
sunna
3ドゥヴァリンス レイカ
小人をしいたげるもの
Dvalins leica
- 6アルスキール
全く明るいもの
alscír
- - -
17-18
scý
1スキュー

scý
- 3ヴィンドフロト
風に漂うもの
vindflot
4ウールヴァーン
霧雨のぞみ
úrván
5ヴェズルメギン
天候の力
veðrmegin
- 2スクールヴァーン
驟雨のぞみ
scúrván
- 6ヒャールム フリス
隠し兜
hiálm huliz
- - - -
19-20
vindr
1ヴィンド

vindr
- - 4エーピル
叫ぶもの
opi
5デュンファリ
騒然と駆けゆくもの
dynfara
- 2ヴァーヴズ
揺れるもの
váfuðr
- 6フヴィーズズ
疾風(はやて)
hviðuð
- 3グネギューズ
いななくもの
gneggiuð
- -
21-22
logn
1ログン

logn
- 3ヴィンドスロート
無風
vindslot
4オヴフリュー
鬱陶しい空気
ofhlý
5ダグセヴィ
日をやわらげるもの
dagsefa
- 2レーギ
鎮まり
lægi
6ダグス ヴェラ
日のとどまり
dags vero
- - - - -
23-24
marr
1セー

sær
- 3ヴァーグ
波立つ潮
vág
4アールヘイム
鰻の故郷
álheim
5ラーガスタヴ
飲み代?
lagastaf
- 2シーレーギャ
あまねくみなぎる潮
sílægia
6デュープルマル
深海
diúpan mar
- - - - -
25-26
eldr
1エルド

eldr
2フニ

funi
3ヴァグ
ゆらめくもの
vag
4フレキ
貪欲なるもの
frecan
- - - 5フォルブランニル
燃えるもの
forbrenni
6フレズズ
はやきもの
hrǫðuð
- - - -
27-28
viðr
1ヴィズ

viðr
- 6ヴェンド

vǫnd
4エルディ
火の糧
eldi
5ファグルリミ
美しい枝
fagrlima
- 2ヴァラル ファクス
原野の鬣
vallar fax
- - - - 3フリーズサング
山腹の海藻
hlíðþang
-
29-30
nótt
1ノート

nótt
- - 4オーリョース
無光
óliós
5スヴェヴンガマン
眠りの喜び
svefngaman
- 2ニョール
暗闇
niól
6ドラウムニョル
夢の織手
draumniorun
- - 3グリーマ
隠すもの
grímo
- -
31-32
sáð
1ビュグ
大麦
bygg
- 3ヴェクスト
生長
vaxt
4エーティ
食物
æti
5ラガスタヴ
穀物
lagastaf
- 2バル
穀物、ことに大麦
barr
- 6フニピン
しなやかなもの
hnipinn
- - - -
33-34 麦酒
ǫl
1エール
麦酒
ǫl
2ビョール
ビール
biórr
3ヴェイグ
酔わす飲物
veig
4フレイナレグ
生(き)の飲物
hreinalǫg
- - - - 5ミョズ
蜜酒
mioð
- - - 6スンブル
酒宴
sumbl

脚注

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  1. ^ 伊藤訳「エッダ詩」での題。
  2. ^ 谷口訳『エッダ 古代北欧歌謡集』での題。
  3. ^ a b 『エッダ 古代北欧歌謡集』pp.293-294(谷口による解説)
  4. ^ 「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」
  5. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.102(「アルヴィースの歌」脚注6)
  6. ^ 原文では álfar だが、谷口訳では、第10スタンザでは「小人たち」、それ以外のスタンザでは「妖精たち」と訳されている。

参考文献

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  • V・G・ネッケル、H・クーン他編『エッダ 古代北欧歌謡集』谷口幸男訳、新潮社、1973年、ISBN 4-10-313701-0
  • Neckel, Gustav (Ed.). (1983). Edda: Die Lieder des Codex Regius nebst verwandten Denkmälern I: Text. (Rev. Hans Kuhn, 5th edition). Heidelberg: Winter. Titus: Text Collection: Edda.
  • ジョン・マッキネル(伊藤盡訳)「原典資料」、『ユリイカ』第39巻第12号、2007年10月、 pp.107-120
  • 「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」谷口幸男訳、『広島大学文学部紀要 特輯号』第43巻3号(1983年12月)