アラン・ブラインダー
アメリカの経済学者
アラン・ブラインダー(Alan Stuart Blinder、1945年10月14日 - )は、ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区生まれのアメリカの経済学者。プリンストン大学教授(the Gordon S. Rentschler Memorial Professor of Economics and Public Affairs in the Enonomics Department)、同大学経済政策研究センター長。専門は金融論、マクロ経済学。ニューケインジアンに属していると言われている。
ニューケインズ経済学 | |
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生誕 |
1945年10月14日(79歳) ニューヨーク州ブルックリン |
国籍 | アメリカ合衆国 |
研究機関 | プリンストン大学 |
母校 |
プリンストン大学 LSE(MSc) MIT(Ph.D.) |
情報 - IDEAS/RePEc |
アラン・ブラインダー | |
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15th 連邦準備制度理事会副議長 | |
任期 | 1994年6月27日 - 1996年1月31日 |
任命者 | ビル・クリントン |
前任者 | デビッド・マリンス |
後任者 | アリス・リブリン |
連邦準備制度理事会メンバー | |
任期 | 1994年6月27日 - 1996年1月31日 |
任命者 | ビル・クリントン |
任期 | 1993年7月27日 - 1994年6月26日 |
元首 | ビル・クリントン |
略歴
編集- 1945年 ニューヨーク市ブルックリン区に生まれる。
- ニューヨーク州SyossetのSyosset High Schoolに学ぶ。
- 1967年 プリンストン大学を優秀(summa cum laude)で卒業する。
- 1968年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でMScを取る。
- 1971年 マサチューセッツ大学よりPh.D.を取得する。
- 1971年 プリンストン大学で教え始める。
- 1988年 - 1990年 経済学部教授となる。
- この間に、東部経済学会会長、アメリカ経済学会副会長を務める。
- 1991年 アメリカ芸術科学アカデミーのフェローとなる。
- 1993年 - 1994年 クリントン大統領の大統領経済諮問委員会の委員となる。
- 1994年 - 1986年 連邦準備制度理事会(FRB)の副議長となる。
- 1997年 外国関係審議会委員となる。
- 2009年 アメリカ政治社会科学アカデミーのメンバーに選ばれる。
著作
編集- (ウィリアム・J・バウモルと共著)『エコノミック入門――マクロ・ミクロの原理と政策』、片岡晴雄・橋本泰明・森崎初男・川島康男・三野和雄・佐藤隆三共訳、HBJ出版局、1988年
- 『ハードヘッド ソフトハート』、佐和隆光訳、ティビーエス・ブリタニカ、1988年
- (ウィリアム・J・バウモルと共著)『マクロエコノミックス入門――経済原理と経済政策』、川島康男・佐藤隆三・三野和雄共訳、HBJ出版局、1993年
- (ウィリアム・J・バウモルと共著)『ミクロエコノミックス入門――市場と制度の経済学』、箱木礼子・佐藤隆三・片岡孝夫共訳、HBJ出版局、1993年
- (ウィリアム・J・バウモルと共著)『新エコノミックス入門――マクロ・ミクロの原理と政策』、箱木礼子・三野和雄・佐藤隆三・川島康男・片岡孝夫共訳、HBJ出版局、1994年
- 『金融政策の理論と実践』、河野龍太郎・前田栄治共訳、東洋経済新報社、1999年
- (ジャネット・L・イェレンと共著)『良い政策 悪い政策――1990年代アメリカの教訓』、山岡洋一訳、日経BP社、2002年
- 『中央銀行の「静かなる革命」――金融政策が直面する3つの課題』、鈴木英明訳、日本経済新聞出版社、2008年
関連項目
編集外部リンク
編集- 経済学者' CARFワーキングペーパー「アラン・ブラインダー」