さぶ』は、サン出版から1974年11月 - 2002年2月号まで出版されていたゲイ雑誌である。

概説

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SMを中心とした雑誌『アブハンター』増刊号として、1974年11月にNO.1として創刊。当初NO.3まで隔月発行であったが、NO.4(1975年4月発売)より月刊化された。創刊編集長は櫻木徹郎[1]

日本で出版された商業ゲイ雑誌としては薔薇族(1971年7月に9月号で創刊)とアドン(1974年5月号創刊)に続いて古い。「男と男の抒情誌」というキャッチコピーを持ち、全体的な印象として日本的情緒が感じられた[2]。因みに1972年に薔薇族と同じ第二書房から「男の抒情詩」(南新次著)という長編ゲイ小説が出ているが、キャッチコピーとの関連は不明。雑誌の嗜好性は『薔薇族』とは異なり、漢・野郎・SM・硬派などのハードコア路線を打ち出していたため「兄貴系」と言われ、「男性同性愛者=角刈りに、色黒でがっちり、マッチョ」という固定観念を生み出すきっかけとなった。

表紙絵は創刊初期は「さぶ」の名付け親でもある三島剛風俗奇譚誌でデビュー)[3]1989年後半から木村べんが担当し[4]、イラスト、グラビア、メイトルーム(文通欄)、小説、読者投稿などで構成されていた。誌名の由来は「さぶちゃん」という新宿二丁目のボーイを三島が気に入ったことから[5]。イラストは、巻頭に三島剛、中面や巻末に林月光がカラー絵巻『月光・天狗劇場』を掲載していた。

創刊以来、数回の紙面刷新を行っているが、1990年代後期から新興のゲイ雑誌(『G-men』や『Badi』など)に押され発行部数が減少した為、2002年2月号をもって休刊した。通算で323号発行、他に増刊号も発行されている。

影響

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前述の固定観念が広まったことと語呂の良さから、『タモリのボキャブラ天国』シリーズ(フジテレビ系)では、本誌が登場する投稿ネタ[注 1] がたびたび披露されており、一時はゲイ以外の知名度も高かった。

例えば徳弘正也の漫画『新ジャングルの王者ターちゃん』では、主人公のターちゃんが仲間にふざけて関節技をかけるシーンでフンドシに角刈り姿になって「さぶミッション」と発言していた。

また、1990年代、『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』(TBSラジオ)内で放送された『米米CLUBの十分天国略して十天』では、カールスモーキー石井演じる「新宿のさぶ」と言う新宿二丁目のゲイキャラクターが登場。

かつて技術評論社から刊行されていたパソコン雑誌『The BASIC』が「ざべ」という略称で親しまれていたことから誌名を『ざべ』に変更したところ、「さぶ」と間違われて書店のアダルト本コーナーに陳列されたという逸話がある[要出典]

関連人物

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  • 犬飼隷二 - 『さぶ』でデビューしたゲイのイラストレーター[6]。他作品:『炎多留』の2作目の原画。

脚注

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  1. ^ 櫻木は有名なサブカル編集者で、荒戸源次郎のアングラ劇団「天象儀館」にも役者として参加。のちに南伸坊の「さる業界の人々」で「二人のS」として、白夜書房末井昭とともに取り上げられた
  2. ^ 「オトコノコのためのボーイフレンド:ゲイ・ハンドブック〜ゲイマガジン〜」(少年社・発売雪淫社)
  3. ^ 1989年1月5日没、享年67。
  4. ^ ただし木村は89年より前もさぶの裏表紙などは書き続けており《1985年5月号の裏表紙、同号の小説『誤解』の作画など》、さぶと薔薇族を掛け持ちで書いていた時期も長い。
  5. ^ 伊藤文學『「薔薇族」の人々 その素顔と舞台裏』 2006年 河出書房新社 P.68
  6. ^ 犬飼隷二のTwitter(現:X)のプロフィール2024年9月2日閲覧。

注釈

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  1. ^ 例として、猿の惑星→さぶの惑星、We all live in a yellow sabmarine(ビートルズイエローサブマリンの歌詞)→ 家のリビングにいるぞ「さぶ」5人、「身から出た錆」→身から出たさぶ

関連項目

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