“ヘーコキ”ましたね[注釈 2]」は、日本の音楽バンド「MEN'S 5」の3枚目のシングル。作詞は淡谷三治、作曲は淡谷盆帆。

「“ヘーコキ”ましたね」
MEN'S 5シングル
初出アルバム『SOUL SKINSHIP』
B面 ソウルお父さん[注釈 1]
リリース
レーベル ポニーキャニオン
作詞 淡谷三治(#1,#2)
作曲 淡谷n'太郎&盆帆(#1)
ケネス・ギャンブル/レオン・ハフ(#2)
チャート最高順位
MEN'S 5 シングル 年表
誰に教わったの?
(1992年)
“ヘーコキ”ましたね
(1994年)
やってます
(1995年)
試聴
“ヘーコキ"ましたね - YouTube
ソウルお父さん - YouTube
(共にポニーキャニオン提供のYouTubeアートトラック)
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曲想

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曲は駅のトイレエレベーターの中などで放屁し、平然としている者に対して居合わせた者が抱く恨みの感情を描いた内容で、この曲をMEN'S 5がダークダックスを想起させる曲調で歌う[4]。MEN'S 5バンマス陣次郎によれば、放屁を取り上げているのは受け狙いではなく、「愛」というテーマのもとに作った曲だという[5]

発売

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MEN'S 5の3枚目のシングルとして1994年7月に発売された。元々、3月のライブで披露して好評だったことから、アルバム『SOUL SKINSHIP』と同時に発売するシングル曲として候補に挙がった[6]。しかし「“ヘーコキ”ましたね」をA面とすることに発売元のポニーキャニオンの宣伝担当者が難色を示したことから、同梱の『ソウルお父さん』[注釈 3]をA面として発売された[7]。また、初期プレス枚数も1000枚と最低限の扱いであった[4][注釈 4]

しかしTOKYO-FMのラジオ番組「赤坂泰彦のミリオンナイツ」「CHAGEのラジ王」が争ってこの曲を取り上げたことから人気を得た[7]。有線では食事時を避け、午前11時半、午後4時半、午後8時半の1日3回に放送が制限されたが[6]、こうした障害にもかかわらず順位を上げ、9月末集計分では松任谷由実をおさえて10位に、リクエスト数では1位となったところもあった。出荷枚数が少なかったことから送信所によっては音源を持っておらず、リクエストの高まりに慌てて音源を探し回る事態となった[4]。CDも品切れ状態となったことから、ポニーキャニオンは有線の各送信所にサンプルを配布するとともに、9月下旬からは既発のCDに「“ヘーコキ”ましたね」を収録している旨を示したシールを貼付して出荷[8]、さらに10月28日出荷分からはジャケットを刷り直したものを出荷して対応した[9]。オリコンのシングルチャートでは9月26日付でチャートに入り[10]、10月31日付チャートでは39位を記録した[11]

MEN'S 5はこの曲で平成6年度全日本有線放送大賞新人賞を受賞することになった[12]。また、この年のシングルの売り上げは10万枚を超えるヒットとなり[13]、「“ヘーコキ”ましたね」はMEN'S 5の代表曲となった[14]。1995年に開催され、後にビデオ化された渋谷公会堂でのライブでは、オープニングにこの曲が演奏された[15]

脚注

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注釈

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  1. ^ 本文に述べる通り、当初はこの曲がA面扱いであった。
  2. ^ この曲の表題は文献により表記の揺れが大きいため、以下ではMEN'S 5 OFFICIAL WEB-SITEで使用されていた「“ヘーコキ”ましたね」の表記(「ヘーコキ」が片仮名、全角引用符)[2]に従った。もっともこのサイト内でも「"ヘーコキ"ましたね」(引用符が半角)「へーこきましたね」(「へーこき」が平仮名、引用符なし)といった表記が用いられており[3]、統一されていない。
  3. ^ MFSBソウル・トレインのテーマ」の日本語カバー曲
  4. ^ 産経新聞は2000枚としている[6]

出典

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  1. ^ 『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968-2010』オリコン・リサーチ、2012年、783ページ。
  2. ^ MEN'S 5
  3. ^ [1]
  4. ^ a b c 「メンズ5新曲「ヘーコキましたね」有線10位 〝へ〜〟驚き」『日刊スポーツ』平成6年(1994年)10月3日付30面。
  5. ^ 「「オナラの歌」で大人気 〝業界バント〟の正体 MEN'S 5」『Friday』第11巻第45号、講談社、1994年10月28日、23ページ。
  6. ^ a b c 「巷ではやる妙な歌 大ヒットのにおい?! MEN'S5「〝ヘーコキ〟ましたね」 最初は「品がないよ」とB面扱い ラジオ・有線で大反響」『産経新聞』平成6年(1994年)10月27日付東京本社夕刊7面。
  7. ^ a b 「メンズ5 淡谷三治 インタヴュー 既成観念を(結果的に)揺さぶる下ネタ・マスターの心意気」『レコード・コレクターズ増刊 コミック・バンド全員集合!』第25巻第4号、2006年3月10日、188-189ページ。
  8. ^ 「MEN'S 5(PC) 変な曲名が有線チャートを上昇中!」『ORIGINALコンフィデンス』第28巻第1430号、1994年9月19日、オリコン・エンタテインメント、25ページ。
  9. ^ 「今週のJUMP UP MEN'S5(PC) 「ソウルお父さん/“ヘーコキ”ましたね」」『ORIGINALコンフィデンス』第28巻第1435号、1994年10月24日、オリコン・エンタテインメント、1ページ。
  10. ^ 『ORIGINALコンフィデンス』第28巻第1431号、1994年9月26日、オリコン・エンタテインメント、74-75ページ。
  11. ^ 『ORIGINALコンフィデンス』第28巻第1436号、1994年10月31日、オリコン・エンタテインメント、80-81ページ。
  12. ^ 『音楽・芸能賞事典 90/95』日外アソシエーツ、1996年、164-165ページ。ISBN 4-8169-1377-7
  13. ^ 多葉田聡「荒川の人 淡谷三治(「MEN'S5」のボーカル) 奇抜な歌で人気急上昇 飾らぬ荒川っ子…「ぜひ紅白へ」」『ほっとたうん』第83号、荒川区地域振興公社、1995年11月5日付2-3面。
  14. ^ 中川耀「ライブ・レビュー MEN'S 5 笑いを求める時代性」『毎日新聞』1995年(平成7年)12月11日付夕刊8面。
  15. ^ 木下ヒロ「メディア裏最前線 音楽 BMGビクターの軍門に下ったファンハウス」『噂の真相』第18巻第5号、1996年5月、102ページ。