須田 盛昭(すだ もりあき、生年不詳 - 天保9年(1838年))は、江戸時代後期の旗本。通称は与左衛門。官位は従五位下大隅守。
目付から文政6年(1823年)11月に京都西町奉行(第26代)となる。翌年、伏見瓦や魚、干物や小間物を仲間以外の者が売ることを禁じた。文政10年(1827年)作事奉行となり、9月15日に鎌倉の鶴岡八幡宮の再建修復の命を受けこれを指揮し翌年9月15日に無事御用を終えたことを将軍に報告している(続徳川実紀)。