銀時計
恩賜の銀時計
編集明治維新から第二次世界大戦までは、帝国大学、学習院、商船学校、陸軍士官学校や陸軍騎兵学校等軍学校において、成績優秀者(首席・次席)に対して、天皇からの褒章として銀時計が授与された。天皇(または代理)から、臨席の卒業式で与えられ、至高の名誉と見なされた。銀時計を授与された者は「銀時計組」と呼ばれた。
軍学校から始まり、帝国大学等に対象が広がった。東京帝国大学では1899年から1918年まで授与制度が続き、323人が対象になった。選定基準は必ずしも明確ではないが、成績に加え人格も評価され、各分科1名と決まっていたわけではない[1]。
文学作品に採り上げられた例として夏目漱石の『虞美人草』がある。登場人物の一人・小野は大学で銀時計を授与された秀才、という設定である。
名古屋駅の銀時計
編集脚注
編集- ^ 東京大学百年史編集委員会 『東京大学百年史』 通史二、197-200頁
- ^ 「銀の時計」(名古屋市中村区-その他の名所-〒450-0002)の地図/アクセス/地点情報 - NAVITIME
関連項目
編集外部リンク
編集- 荒川文六(九州大学第6代総長 大学サイトより)
- 蔵出し!文書館 第9回 恩賜の銀時計(東京大学)