赤井 (川口市)
埼玉県川口市の大字
赤井(あかい)は、埼玉県川口市の大字及び町名。現行行政地名は大字赤井、赤井一丁目から四丁目。町丁部分は住居表示実施済み[4]。郵便番号は334-0073[2]。
赤井 | |
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文化放送 川口送信所 | |
北緯35度49分39.29秒 東経139度45分01.22秒 / 北緯35.8275806度 東経139.7503389度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 埼玉県 |
市町村 | 川口市 |
地区 | 新郷地区 |
面積 | |
• 合計 | 1.029 km2 |
人口 | |
• 合計 | 7,242人 |
• 密度 | 7,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
334-0073[2] |
市外局番 | 048 (川口MA)[3] |
ナンバープレート | 川口 |
地理
編集川口市の東部に位置する。見沼代用水を境に大字地区と住居表示実施部分に分かれる。三ツ和との境界には毛長川が流れる[要出典]。[1]
歴史
編集沿革
編集もとは江戸期より存在した足立郡舎人領に属する赤井村であった[5]。
- はじめは幕府領で、以降変遷なし[5]。
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、赤井、東本郷、蓮沼、前野宿、東貝塚、大竹、峯、新堀、榛松、江戸袋の十箇村が合併し、新郷村の大字赤井となる。
- 1940年(昭和15年)4月1日 - 新郷村が同郡鳩ヶ谷町(1950年に再分離、2011年に再編入)、芝村、神根村と共に川口市に編入され消滅。川口市の大字となる。
- 1981年(昭和56年)11月1日 - 大字赤井の南側と東本郷の一部、大字江戸袋の一部から赤井一丁目〜四丁目が成立[6]。
世帯数と人口
編集2018年(平成30年)3月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字・丁目 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
赤井 | 1,587世帯 | 3,762人 |
赤井一丁目 | 513世帯 | 1,143人 |
赤井二丁目 | 103世帯 | 252人 |
赤井三丁目 | 236世帯 | 546人 |
赤井四丁目 | 693世帯 | 1,539人 |
計 | 3,132世帯 | 7,242人 |
小・中学校の学区
編集市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[7]。
大字・丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
赤井 | 全域 | 川口市立新郷小学校 | 川口市立東中学校 |
赤井一丁目 | 全域 | 川口市立新郷南小学校 | |
赤井二丁目 | 全域 | ||
赤井三丁目 | 全域 | ||
赤井四丁目 | 全域 |
交通
編集道路
編集施設
編集- 大字赤井
- 埼玉県立川口特別支援学校
- わかゆり学園
- 真言宗 福寿院
- 福寿院墓地 - 北側にやや離れた住宅地内に立地する。
- 赤井氷川神社
- 前野宿川公園
- 緑ヶ丘緑地
- 緑ヶ丘さるすべり公園
- 赤井少年サッカー場
- 1丁目
- 赤井第二公園
- 川口市 毛長川庭球場
- 2丁目
- 東京電力パワーグリッド 北川口変電所
- 3丁目
- 文化放送 川口送信所
- 円通寺
- 辰井公園
- 4丁目
- 赤井公園
脚注
編集- ^ a b c “かわぐちの人口第5表町丁字別人口”. 川口市 (2018年3月8日). 2018年3月22日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2018年3月22日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年3月22日閲覧。
- ^ “住居表示実施町名一覧”. 川口市 (2020年2月27日). 2024年4月3日閲覧。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 61頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 増補6頁。
- ^ “住所から基本学区の学校を探す”. 川口市 (2008年2月28日). 2018年3月22日閲覧。
参考文献
編集- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県(増補版)』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
- 川口市史 通史編 下巻
関連文献
編集- 「赤井村」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ139足立郡ノ5、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763997/114。