芭蕉踊(ばしょうおどり)とは、岐阜県羽島郡笠松町円城寺に伝わる雨乞い踊りである。芭蕉踊はかつてはこの地域以外にも存在したが(岐阜市柳津町南塚など)、現在も伝わるのは、岐阜県羽島郡笠松町円城寺地区の踊りである。

1989年平成元年)11月14日岐阜県の無形民俗文化財に指定され、円城寺芭蕉踊保存会がその伝統を伝えている。

歴史

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  • 始まった時期は不明であるが、地元の言い伝え等によれば始まりは以下のとおりである。
    • 江戸時代中期、円城寺村(現笠松町円城寺)に大干ばつが発生した。そこで、雨乞いを行なうこととなったが、踊りについて何かないかを考えていたという。
    • ある円城寺村の村人の一人が、谷汲村(現揖斐川町)に雨乞い踊り(後の谷汲踊り)があるという話を思い出し、その踊りを参考にして、雨乞い踊りを行なう事となった。
    • 踊りの際、一人の村人が即興で歌いだし、その歌が雨乞いの唄となったという。
    • 雨乞い踊りが催された後に雨が降り、干ばつは無くなった。この事以来、雨乞い踊りが継承されたという。
  • 1923年(大正12年)を最後に踊りは途絶えたが、1972年(昭和47年)に復活。翌年に保存会が設置された。1981年(昭和56年)からは下羽栗小学校の上級生が踊りに加わっている。

芭蕉踊の概況

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  • かつては明神白鬚神社で行なわれていた。
  • 谷汲踊りを参考にした踊りの為、類似点は多い。
  • 芭蕉踊の場合、太さ21cm、長さ363cm(子供用は260cm)のを半分に割り、割った断面に白、青、赤等の和紙を貼る。この飾り付けた竹12本を、扇形に背負う。(この背負った飾りが、あたかも植物の芭蕉の葉のように見えることから、芭蕉踊と名付けられた。)
  • 飾りを背負った若者は二人一組となり、腹部に固定した太鼓を打ちながら踊る。踊りは「かけ踊り」「拍子踊り」「ひねり踊り」がある。
  • 道行は、高張提灯持ちを先頭に、弓張提灯、歌方、笛方、鐘方、踊り方、警護役、世話方が練り歩く。

外部リンク

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