牧野康澄

江戸時代前期の越後国与板藩の世嗣 (1669-1684)

牧野 康澄(まきの やすずみ)は、江戸時代前期の越後国与板藩の世嗣。

 
牧野康澄
時代 江戸時代前期
生誕 寛文9年(1669年
死没 貞享元年11月16日1684年12月22日
改名 新三郎(幼名)、康澄
越後与板藩世嗣
氏族 牧野氏
父母 牧野康道水野忠善
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略歴

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2代藩主・牧野康道の長男として誕生。母は水野忠善の娘。幼名は新三郎。

与板藩嫡子として生まれ、延宝8年(1680年)、徳川家綱に初御目見した。しかし、叙任以前の貞享元年(1684年)に早世した。

代わって牧野康重下野国足利藩主・本庄宗資の五男)が養子に迎えられ、与板藩嫡子となった。