平塚庄治

日本のオートバイレーサー

平塚 庄治 (ひらつか しょうじ、1957年3月18日[1] - ) は、宮城県出身[2]の元オートバイ・ロードレーサー。元ヤマハワークスライダー。1985年・1986年の全日本ロードレース選手権TT F-3ランキング2位[3]。国際A級通算3勝 (250cc・2勝 / TT F3・1勝)。

経歴

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宮城県のスポーツランドSUGOをホームコースとし、国際A級昇格後の初表彰台(1982年)と初優勝(1983年全日本第4戦250ccクラス)ともにSUGOで挙げている。「菅生のヌシ」とレース雑誌で描かれることもあった[4]。全日本ロードレース選手権でホンダワークス・ヤマハワークス・ヨシムラ(スズキ)による対決が激しかったTT-F3クラスにヤマハワークスマシン・YZF400で参戦し、1985年・1986年はホンダ・RVFで参戦する王者・山本陽一を追う存在としてトップ争いを繰り広げた。1986年からはTT-F1クラスにもヤマハワークスのYZF750で参戦しダブルエントリーする。

1987年のTT F-3では第9戦筑波、第10戦SUGOと連続ポールポジションを奪い、山本が不調に陥っていたことから優勝最有力となるが、迎えた決勝でヨシムラ・スズキGSX-Rの大島行弥に惜敗し2位。F1クラスでも第5戦SUGOでポールポジションを獲得、しかし決勝最高位は第8戦SUGOでの2位であった[5]

1988年はTT F3で2位2回、3位2回のランキング3位に入る。同年が全日本フル参戦最後のシーズンとなった。引退から30年を経た、2019年にヤマハの後輩・福智学の公式ブログにて健在な姿を見せた[6]

レース戦歴

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全日本ロードレース選手権

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チーム マシン 区分 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 順位 ポイント
1979年 大友レーシング ヤマハ・TZ250 ノービス 250cc TSU
TSU
SUZ
TSU
SUZ
SUG
2
TSU
3
SUZ
5位 22
1980年 ヤマハ・TZ350 ジュニア 350cc TSU
SUZ
SUG
4
SUZ
TSU
SUZ
TSU
SUG
1
TSU
SUZ
4
7位 34
1982年 個人 ヤマハ・TZ250 国際A級 250cc SUZ
TSU
SUZ
SUG
2
SUZ
TSU
TSU
SUG
SUZ
19位 12
1983年 チームクシタニ ヤマハ・TZ250 TSU
SUZ
10
TSU
SUG
1
SUZ
TSU
6
SUG
Ret
SUZ
8位 21
1984年 ヤマハ・TZ250 TSU
SUG
1
SUZ
TSU
SUG
3
SUZ
TSU
SUG
9
SUZ
10
TSU
11位 51
ヤマハ・XJ400Z TT F3 TSU
SUG
SUZ
TSU
SUG
2
SUZ
TSU
SUG
2
SUZ
TSU
1
6位 54
1985年 RC SUGO ヤマハ・FZR400 TSU
3
SUZ
5
TSU
3
SUG
3
SUZ
TSU
2
SUG
2
SUG
2
SUZ
2位 107
1986年 ヤマハ・YZF400 - SUG
SUZ
5
TSU
2
SUG
- TSU
2
TSU
2
SUG
SUZ
8位 62
ヤマハ・YZF750 TT F1 SUZ
4
SUG
SUZ
2
- SUG
SUZ
TSU
3
TSU
3
SUG
SUZ
8位 60
1987年 ヤマハ・YZF400 TT F3 - TSU
4
SUZ
SUG
Ret
SUZ
4
- SUG
3
TSU
2
SUG
4
SUZ
4
TSU
6位 84
ヤマハ・YZF750 TT F1 SUZ
3
- SUZ
-
SUG
Ret
SUZ
6
TSU
SUG
2
- SUG
SUZ
TSU
11位 42
1988年 ヤマハ・YZF400 TT F3 SUZ
2
NIS
4
SUG
TSU
3
SEN
2
SUG
3
SUG
5
TSU
4
3位 95.5

鈴鹿8時間耐久ロードレース

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チーム ペアライダー 車番 マシン 予選順位 決勝順位 周回数
1981 大友レーシングクラブ 内ケ崎徹 56 カワサキ・Z2 49位 Ret 0
1986 チームレーシングスポーツ 塩森俊修 31 ヤマハ・YZF750 9位 4位 191
1987 SP忠男レーシングチーム 町井邦生 99 ヤマハ・YZF750 11位 Ret 11

脚注

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  1. ^ Data File F3 平塚庄治『サイクルワールド11月号増刊 GRAND PRIX SCENE 1985』CBS・ソニー出版 1985年11月5日 187頁
  2. ^ Rider Album 平塚庄治『日本のレーシングモーターサイクル栄光の歩み モーターサイクリスト12月号増刊』八重洲出版 1988年12月15日 274頁
  3. ^ '86ヤマハライダー A級F-3クラスには、ファクトリーマシンYZFでルーキー塩森が昨年ランキング2位の平塚との新コンビで登場。250ccは奥村・片山のYZRコンビヤマハニュース No.273 3月号』1986年3月1日 24-25頁
  4. ^ F-3クラスを走ったマシンとライダーたち '85年ヤマハ勢の中で最も気合の入った走りを見せたのが菅生の主こと平塚だ。ランキング2位に『サイクルワールド11月号増刊 GRAND PRIX SCENE 1985』CBS・ソニー出版 1985年11月5日 162頁
  5. ^ 1987Data File 国際A級TT-F3 6位平塚庄治『サイクルワールド12月号増刊 GRAND PRIX SCENE 1987』CBS・ソニー出版 1987年12月29日 180頁
  6. ^ 感激 Ameba福智学AROUND40 2019年5月1日