安澄(あんちょう、天平宝字7年(763年) - 弘仁5年3月1日814年3月29日))は、奈良時代から平安時代初期にかけての三論宗の僧。俗姓は身人氏(むとべし)。丹波国船井郡の出身。

善議(ぜんぎ)に師事して三論教学を学び[1]、また密教にも通じていた。その当時奈良大安寺における三論宗の論客として知られ、法相宗泰演と論争を行っている。

脚注

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  1. ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 69頁。