大使たち
『大使たち』(たいしたち、独: Die Gesandten)は、ドイツの画家ハンス・ホルバインにより1533年に描かれた絵画である。
ドイツ語: Die Gesandten 英語: The Ambassadors | |
作者 | ハンス・ホルバイン |
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製作年 | 1533年 |
種類 | 油彩、板 |
寸法 | 207 cm × 209.5 cm (81 in × 82.5 in) |
所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
この二人の「大使たち」は、ヘンリー8世のローマ・カトリックからの離脱を思いとどまらせようと、フランスからロンドンへ送られた外交官ダントヴィル(画面左)とその友人の司教セルヴ(右)である[1]。
『ジャン・ド・ダントヴィルとジョルジュ・ド・セルヴの肖像』[2][3]、『外交官たち』[4]とも。ロンドンにあるナショナル・ギャラリーに収蔵されている[5]。
本作は、イングランド王であるヘンリー8世の命令で描かれた[6]。
作品
編集画面の左側に立っているのは、ポリジー (fr:Polisy) の領主、ジャン・ド・ダントヴィル (en:Jean de Dinteville) であり、 右側に立っているのは、ラヴォールの司教、ジョルジュ・ド・セルヴ (en:Georges de Selve) である。ダントヴィルにとって、このときが3度目のイギリス訪問であったのに対し、ド・セルヴにとっては、このときが最初のイギリス訪問であった。2人の当時の年齢は、ダントヴィルについては、彼が手にしている短剣の柄に、ド・セルヴについては、彼が右ひじを置いている書物の側面に入れられた書き込みから、それぞれ29歳と25歳であるとされている[7]。
2人の間にある棚には、様々な道具類が並べられている。上段の左端には、天文学あるいは占星学のための天球儀が置かれており、これには、動物の図柄とともに、いくつかの星座の名称がラテン語で記されている。その右隣には、円筒状の日時計が立てられており、この状態では、4月11日もしくは8月15日を示しているとされる。これと同様の日時計は、ヘンリー8世付きの占星学者であったニコラウス・クラッツァー (en:Nicholas Kratzer) の肖像(ルーヴル美術館所蔵)の中にも確認することができる[7]。その右隣にある象限儀や、その右隣にある多面体の日時計についても、ニコラウス・クラッツァーの肖像の中に同様のものが確認できる。
下段の左端には、地球儀が置かれており、これは、ニュルンベルクで1523年に発表されたヨハネス・シェーナー制作のものを写したものであるとされる[7][8]。その前の方で半開きになっている書物は、天文学者であり地理学者でもあったペトルス・アピアヌスによる “Kauffmanns Rechnung” (1527年)である[7]。
その右隣で両開きになっている書物は、ヨハン・ワルター作曲の讃美歌集 “Geystlich Gesangk Buchleyn” (1524年)である。讃美歌集には、マルティン・ルターの讃美歌および十戒のパラフレーズが写されている。その付近には、11本の弦のうち1本がなぜか切れてしまっているリュートの他に、フルートのケースとおぼしきものが置かれている[7]。
これらの道具類は、いずれも数学、音楽、地理学、天文学のどれかに関係しており、これらの4つの学科は、クワドリウィウム (quadrivium) を構成するものであり、2人の人物の高度な教養もしくは知性を表現するために、数々の道具類が描かれたものと考えられる[7]。
画面左上には、キリストの磔刑像が、カーテンの後ろに半ば隠れるようにして見えている[1][9]。2人が立っている床のモザイク模様は、ウェストミンスター寺院の内陣のそれを模写したものであるとされている。その床面の上には、長細い形状をした物体が描かれているが、これは、アナモルフォーシスという画法が用いられており、画面の右方もしくは左方から鋭角的に見ると、頭蓋骨であることがわかる[7][10]。頭蓋骨は、死の象徴である。若くて可能性に満ちあふれていたとしても、死はいつ訪れるかわからない、という深刻なテーマが織り込まれているのである[11]。
解釈
編集山形大学教授の元木幸一は、「深刻なテーマを、形の遊戯性で緩和しているのだ。それゆえに、これも苦笑いを誘発する絵画ということになるのだろうか」[11]と述べている。
脚注
編集- ^ a b “中野京子が読む「絵画と音楽」第二章「楽器の象徴性」(前編)”. 美術展ナビ (2024年2月1日). 2024年7月25日閲覧。
- ^ “ARTGALLERY アートギャラリー テーマで見る世界の名画 第2巻『肖像画』”. 集英社. 2018年12月29日閲覧。
- ^ 藤川哲. “第十講 ロンドン、大英博物館、ナショナル・ギャラリー > 作品8”. 山口大学. 2018年12月29日閲覧。 (藤川哲の授業用サイト).2024年7月25日閲覧)。
- ^ 『笑うフェルメールと微笑むモナ・リザ』 2012, p. 165.
- ^ ハンス・ホルバイン 大使たち - 情報処理推進機構 - ウェイバックマシン(2019年4月11日アーカイブ分)
- ^ “ハンス・ホルバイン「大使たち」”. 『美の巨人たち』- テレビ東京 (2009年1月24日放送). 2018年12月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g 千足伸行 (1968-03-31). ホルバインの《大使たち》について. 国立西洋美術館 2018年12月29日閲覧。.
- ^ 『芸術新潮』 2017, p. 73.
- ^ 『「怖い絵」で人間を読む』 2010, p. 201.
- ^ 『日経おとなのOFF』 2018, p. 70.
- ^ a b 『笑うフェルメールと微笑むモナ・リザ』 2012, p. 164.
参考文献
編集- 元木幸一『笑うフェルメールと微笑むモナ・リザ 名画に潜む「笑い」の謎』小学館〈小学館101ビジュアル新書 Art〉、2012年。ISBN 978-4-09-823022-8。
- 『日経おとなのOFF』、日経BP社、2018年7月。
- 『芸術新潮』第68巻第7号、新潮社、2017年7月。
- 中野京子『「怖い絵」で人間を読む』日本放送出版協会〈生活人新書〉、2010年。ISBN 978-4-14-088325-9。