佐伯広足
佐伯 広足(さえき の ひろたり)は、飛鳥時代の貴族。姓は連、のち宿禰。冠位は直広肆。
時代 | 飛鳥時代 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 直広肆 |
主君 | 天武天皇 |
氏族 | 佐伯連→宿禰 |
経歴
編集天武天皇4年(675年)美濃王と共に竜田の立野(現在の奈良県生駒郡三郷町立野)に遣わされて、風神を祭った(この時の冠位は小錦下)[1]。天武天皇10年(681年)遣高麗大使に任ぜられ、小使・小墾田麻呂と共に高句麗に派遣される。翌天武天皇11年(682年)使節の役目を果たして帰国する[2]。
天武天皇13年(684年)八色の姓の制定により、連姓から宿禰姓に改姓。天武天皇14年(685年)国司・郡司や百姓の様子を確認するために各道に巡察使が派遣されると、広足は筑紫巡察使となった(この時の冠位は直広肆)。
官歴
編集『六国史』による。