井口 竹次郎(いぐち たけじろう、1892年2月1日[1] - 1971年3月22日[2])は日本実業家大阪ガス元社長・会長。

来歴・人物

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京都府愛宕郡修学院村(現・京都市左京区)出身[1]京都府立第一中学校三高を経て、1916年 京都帝国大学工学部卒業後、三井物産へ入社[3]1930年に大阪瓦斯へ中途入社[4]。その後は専務取締役を経て[5]1949年3月24日より片岡直方の逝去に伴い、代表取締役社長に就任。1960年より代表取締役会長に就任[6]

その他には日本ガス協会会長、大阪工業会会長、朝日放送取締役などを歴任し、大阪高等技術研修所設立の推進も行った。1958年に藍綬褒章[6]、1965年に勲二等旭日重光章を受章[7]。1971年3月22日、79歳で死去。死後、従三位に叙せられ、勲一等瑞宝章を贈られた[2]

脚注

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  1. ^ a b 『井口竹次郎伝』p.288
  2. ^ a b 『井口竹次郎伝』p.297
  3. ^ 『井口竹次郎伝』p.288-289
  4. ^ 『井口竹次郎伝』p.290
  5. ^ 『井口竹次郎伝』p.291
  6. ^ a b 『井口竹次郎伝』p.294
  7. ^ 『井口竹次郎伝』p.296

参考文献

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  • 『井口竹次郎伝』(大阪瓦斯、1972年)