万惣商事
万惣商事株式会社(まんそうしょうじ、英: Manso Trading Co.,ltd.)は、東京都千代田区神田須田町に本店を置いていた小売業者。果物の販売を行い、喫茶店の万惣フルーツパーラーでも知られた。
万惣 神田本店(2009年当時) | |
種類 | 株式会社 |
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略称 | 万惣 |
本店所在地 |
日本 〒101-0041 東京都千代田区神田須田町一丁目16番地1 |
設立 | 1846年(弘化3年) |
業種 | 小売業 |
法人番号 | 6010001029544 |
事業内容 | 青果物の販売、飲食店の運営 |
沿革
編集- 1846年(弘化3年)、神田青果市場に近い須田町で開業。当時は水菓子と呼ばれた果物を取り扱った。古典落語「千両蜜柑」のモデルになったのもこの店である。
- 1905年(明治38年)、三菱財閥の岩崎家で栽培されたマスクメロンを日本で初めて販売[1]。
- 1910年(明治43年)には、果物業界で初めて宮内庁御用達となる[2]。
- 1923年(大正12年)の関東大震災を経て再建、1927年(昭和2年)に万惣フルーツパーラーをオープン[3]。
- そごうグループをはじめとした全国の百貨店にフルーツパーラーを出店。
- 1967年(昭和42年)には地上8階地下1階建ての本店ビルが竣工。
- 2007年には新丸の内ビルディングのオープンに合わせてフルーツパーラーを出店[4]。
- 2011年、本店のビルが面する中央通りおよび靖国通りが「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」の指定道路となる[5]。耐震診断の結果補強工事では基準を満たすことができず、建て替える資金的な余裕もなかったため2012年3月24日をもって神田本店及び併設のフルーツパーラーを休業[6][7](事実上の閉店)。他の店舗も銀座の松坂屋の店舗が3月4日、新丸の内ビルの店舗が4月15日[8]を以て閉店し、全店舗の営業が終了した。
本店の閉店後、建物はしばらく放置されたのち解体。跡地には地上12階建てビルが建設され[9][10]、ドーミーイン[11]やセブンイレブン[12]が入居している。
脚注
編集- ^ “万惣の歴史”. 2012年1月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月6日閲覧。
- ^ “創業165年「万惣」のフルーツパーラー”. まちブログ. 千代田区観光協会. 2017年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月6日閲覧。
- ^ “万惣本店M2階フルーツパーラー”. 2012年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月7日閲覧。
- ^ 『「新丸の内ビルディング」商業ゾーン出店店舗について』(プレスリリース)三菱地所、2007年1月16日 。2020年5月3日閲覧。
- ^ “東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例”. 東京都耐震ポータルサイト. 2020年5月3日閲覧。
- ^ “休業のお知らせ” (2012年3月). 2012年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月4日閲覧。
- ^ “万惣”. 千代田区観光協会. 2013年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月6日閲覧。
- ^ “万惣本店が閉店へ”. 秋葉原ニュースNet (2012年3月5日). 2016年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月4日閲覧。
- ^ “(仮称)神田MSビル新築工事”. 建設工事標識設置情報 首都圏版. 建設データバンク. 2020年5月3日閲覧。
- ^ “ドーミーイン神田Premium”. アトリエ・リガ・テ都市建築計画. 2020年5月3日閲覧。
- ^ ドーミーイン PREMIUM神田
- ^ セブンイレブン 神田須田町中央通り店
関連項目
編集- 池波正太郎 - 著書「むかしの味」に万惣フルーツパーラーが登場する。
外部リンク
編集- “万惣”. 2012年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月6日閲覧。
- “東京有数の繁華街 須田町”. このまちアーカイブス. 三井住友トラスト不動産. 2020年5月3日閲覧。1935年当時の写真には建物向かって右に縦書きで万惣フルーツパーラーとある。
- “新宿でも渋谷でもない! 都電時代の55年前、最大のターミナルだった意外すぎる場所とは?”. AERA dot. (アエラドット). 路面電車がみつめた50年前のTOKYO. 朝日新聞出版. 2020年5月3日閲覧。1967年に建て替える前の本店の建物が確認できる。
座標: 北緯35度41分43.7秒 東経139度46分14.3秒 / 北緯35.695472度 東経139.770639度