ラ・セルダ家
ラ・セルダ家(スペイン語:Casa de la Cerda)は、カスティーリャ王アルフォンソ10世の長男フェルナンド・デ・ラ・セルダに始まるカスティーリャ王族の家系。13世紀にカスティーリャ王家(ボルゴーニャ家)から分かれた4家のうちの一つで、メディナセリ公家の先祖にあたる。
家祖アルフォンソ・デ・ラ・セルダ(1270年 - 1333年)は、父アルフォンソ10世に先立って死去した王太子フェルナンドの息子である。アルフォンソ10世は自身の次男サンチョではなく、孫アルフォンソ・デ・ラ・セルダを後継者としていた。このため、サンチョは父王に対して反乱を起こし、長い内戦の後にサンチョが王位に即いた。アラゴンおよびポルトガルによる侵攻が失敗した後、和平がもたらされ、ラ・セルダ家はカスティーリャ王位継承から排除された[2]。
ラ・セルダ家は中世の間存続し、高位の貴族としてカスティーリャの政治で重要な役割を果たした。この家系は14世紀半ばの内戦で分かれた他の家系と同様、初代メディナセリ伯ベルナール・ド・フォワと結婚したイサベル・デ・ラ・セルダを通して存続した。
系図
編集アルフォンソ10世 カスティーリャ王 | マヌエル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
フェルナンド1世・デ・ラ・セルダ | サンチョ4世 カスティーリャ王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アルフォンソ1世 | フェルナンド2世 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アルフォンソ2世 | ルイス | ドン・ファン・ヌニェス・デ・ララ ビスカヤ領主 | マリア =アランソン伯シャルル2世 | ブランカ・ヌニェス・デ・ララ | フアン・マヌエル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
マルグリット (ブルターニュ公シャルル・ド・ブロワ娘) | シャルル フランス軍司令官 アングレーム伯 | イサベル | ベルナール・ド・フォワ メディナセリ伯 (フォワ伯ガストン3世庶子) | エンリケ2世 カスティーリャ王 | フアナ・マヌエル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
トラスタマラ家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
編集参考文献
編集- Medieval Iberia: An Encyclopedia, Ed. E. Michael Gerli, Samuel G. Armistead, Taylor and Francis, 2003.
- Maclagan, Michael and Jiri Louda, Lines of Succession, MacDonald & Co., 1981.