パータリプトラ

インドの古代都市、マガダ国の首都、現在のパトナ

パータリプトラサンスクリット語:Pātaliputra、パーリ語:Pātaliputta, パータリプッタギリシア語:Palibothra、漢:華氏城)は、マガダ国マウリヤ朝、およびグプタ朝の都として繁栄した古代インド世界の中心都市の1つ。現在のビハール州の州都パトナにあたる。

Pataliputra
上が古代都市のパータリプトラ; 下がビハール州の州都パトナ
パータリプトラの位置(インド内)
パータリプトラ
インドにおける位置
パータリプトラの位置(ビハール州内)
パータリプトラ
パータリプトラ (ビハール州)
別名 Pātaliputtā (パーリ語)
所在地 インドビハール州パトナ県
地域 南アジア
座標 北緯25度36分45秒 東経85度7分42秒 / 北緯25.61250度 東経85.12833度 / 25.61250; 85.12833座標: 北緯25度36分45秒 東経85度7分42秒 / 北緯25.61250度 東経85.12833度 / 25.61250; 85.12833
標高 53 m (174 ft)
全長 14.5 km (9.0 mi)
2.4 km (1.5 mi)
歴史
建設者 アジャータシャトル
完成 紀元前490年
放棄 現代の パトナとなる
管理者 Archaeological Survey of India

歴史

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マガダ国

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紀元前6世紀紀元前5世紀頃、マガダ国の王アジャータシャトルが、外征のための拠点として、(特にガンジス川を渡河するために)この地に城を築いた事から整備が進み、河川の合流点に位置し地の利のあるこの都市は急速に発展した。

アジャータシャトルの後の王ウダーインの時代には旧来の首都ラージャグリハ王舎城)からパータリプトラに首都が遷され、その後長くマガダ国の首都として繁栄した。

マウリヤ朝

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パータリプトラで発掘された柱の頭部の遺跡。古代ギリシャ芸術とペルシャ芸術の影響を受けている。紀元前四世紀。

インド亜大陸の大半を征服することになるマウリヤ朝の時代にはパータリプトラの繁栄も頂点に達し、マウリヤ朝の初代王チャンドラグプタの時代にパータリプトラを訪れたギリシア人メガステネスの記録によれば「無数にあるインドの都市の中で最大の都市」であった。

しかしマウリヤ朝の第3代王アショーカの後、チェーティ朝の王カーラヴェーラインド・グリーク朝の王メナンドロス1世らがパータリプトラに脅威を与え、またマガダ国自体の政治的地位も低下していったため、次第に衰退した。

グプタ朝

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グプタ朝時代(320年から550年頃)には再び巨大帝国の首都として繁栄の時代を迎えたが、その後次第にインド世界の中心都市としての地位は失われた。

出土品

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関連項目

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