ニコラス・パレハ
アルゼンチンのサッカー選手
ニコラス・パレハ(Nicolas Martín Pareja, 1984年1月19日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の元サッカー選手。元アルゼンチン代表。現役時代のポジションはディフェンダー。
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名前 | ||||||||||||||
本名 |
ニコラス・マルティン・パレハ Nicolás Martín Pareja | |||||||||||||
愛称 | ニコ | |||||||||||||
ラテン文字 | Nicolás PAREJA | |||||||||||||
基本情報 | ||||||||||||||
国籍 | アルゼンチン | |||||||||||||
生年月日 | 1984年1月19日(40歳) | |||||||||||||
出身地 | ブエノスアイレス | |||||||||||||
身長 | 181cm | |||||||||||||
体重 | 74kg | |||||||||||||
選手情報 | ||||||||||||||
ポジション | DF | |||||||||||||
クラブ1 | ||||||||||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||||||||||
2004-2006 | アルヘンティノス | 53 | (2) | |||||||||||
2006-2008 | アンデルレヒト | 51 | (1) | |||||||||||
2008-2010 | エスパニョール | 58 | (3) | |||||||||||
2010-2014 | スパルタク・モスクワ | 47 | (4) | |||||||||||
2013-2014 | → セビージャ (loan) | 25 | (0) | |||||||||||
2014-2018 | セビージャ | 60 | (2) | |||||||||||
2018-2019 | アトラス | 3 | (0) | |||||||||||
代表歴 | ||||||||||||||
2008 | アルゼンチン U-23 | 5 | (0) | |||||||||||
2010 | アルゼンチン | 1 | (0) | |||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
略歴
編集クラブ
編集2006年、ヴァンサン・コンパニの後釜としてRSCアンデルレヒトに移籍。2006-07シーズンはリーグ2連覇に貢献し、2007-08シーズンはUEFAチャンピオンズリーグでプレーした。2008年8月30日、移籍金450万ユーロでスペインのRCDエスパニョールに移籍した。マルク・トレホンを抑えてレギュラーを獲得し、30試合に出場した。センターバックながら、キャリアハイの3得点を記録した。2010年8月、ロシアのFCスパルタク・モスクワに移籍。
2013年7月4日、セビージャFCへのレンタル移籍が発表された[1]。翌年に完全移籍となった。
2018年8月25日、メキシコのCFアトラスへ移籍した。
2019年、インドのケーララ・ブラスターズFCへ移籍した。
代表
編集2008年の北京オリンピックにはマルティン・デミチェリスやニコラス・ブルディッソがクラブ側の招集拒否のため参加できず、お鉢が回ってくる形でオーバーエイジとして参加。前述の2人に比べると無名に近かったが、守備の要として存在感を示し注目を集める。2010年10月4日、日本代表との親善試合で、来日する予定だったメンバーに負傷者が相次いだ為、急遽招集されたが、8日に行われた試合に出場する機会はなかった。11月17日のブラジル代表との親善試合で先発出場し、1ヶ月越しの代表デビューを果たした。
エピソード
編集所属クラブ
編集- AAアルヘンティノス・ジュニアーズ 2004-2006
- RSCアンデルレヒト 2006-2008
- RCDエスパニョール 2008-2010
- FCスパルタク・モスクワ 2010-2014
- セビージャFC 2014-2018
- CFアトラス 2018-2019
タイトル
編集クラブ
編集- アンデルレヒト
- ジュピラー・プロ・リーグ : 2006-07
- ベルギー・スーパーカップ : 2007
- セビージャ
代表
編集- U-23アルゼンチン代表
- オリンピックサッカー金メダル : 2008
脚注
編集- ^ セビージャがアルゼンチン人CB獲得 Goal.com 2013年7月5日