スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ
スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ(Stadio Olimpico di Roma)は、イタリアの首都・ローマにあるスタジアム。ASローマ、SSラツィオがホームスタジアムとしている。サッカー、ラグビーのイタリア代表も同スタジアムを本拠地として使用している。収容人数は70,634人で、1953年5月17日に竣工した。ローマオリンピック(1960年)のメイン会場として建設された。愛称はオリンピコ。
スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ Stadio Olimpico di Roma | |
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UEFA | |
施設情報 | |
所在地 | イタリア ローマ グラディアトーリ大通り00135 |
位置 | 北緯41度56分1.99秒 東経12度27分17.23秒 / 北緯41.9338861度 東経12.4547861度座標: 北緯41度56分1.99秒 東経12度27分17.23秒 / 北緯41.9338861度 東経12.4547861度 |
起工 | 1927年 |
開場 | 1953年5月17日 |
修繕 | 1989年-1990年 |
所有者 | イタリアオリンピック委員会 |
運用者 | Sport e Salute |
グラウンド | 天然芝 |
ピッチサイズ | 105m × 68m |
建設費 |
34億イタリア・リラ (1953年) 2,120億イタリア・リラ (1990年) |
設計者 |
アッニヴァーレ・ヴィテロッツィ (1953年) アッニヴァーレ・ヴィテロッツィ マウリツィオ・クレリーチ (1990年) |
旧称 | |
スタディオ・デイ・チプレッシ (1927年-1953年) スタディオ・デイ・チェントミラ (1953年-1960年) | |
使用チーム、大会 | |
ASローマ (1953年-) SSラツィオ (1953年-) ラグビーイタリア代表 (1954年-) ゴールデンガラ (1980年-) 詳細は#開催された主な大会を参照 | |
収容人員 | |
70,634人 |
概要
編集1909年にこのスタジアム周辺の都市計画が「フォロ・イタリコ」という名の下発案され、1925年12月には再開発地区内の住民の強制移転や建造物の取り壊しがベニート・ムッソリーニによって命令された[1]。その後、第二次世界大戦の影響で再開発は中断したが、終戦後に再開。1953年5月17日、イタリア代表対ハンガリー代表の国際Aマッチでこけら落としとなり、スタジアム初の得点者となったヒデクチ・ナーンドルのゴールを含むハンガリー代表の3-0での快勝に終わった。当時のオリンピコは70,000人収容であったにもかかわらず観客席の傾斜が緩やかであったため、臨場感に欠けるという問題点があった[2]。
1989年には1990 FIFAワールドカップ開催のために大規模な改修工事が行われた。観客席を含むスタジアムの大部分を取り壊し、新たに鉄筋コンクリートを中心としたスタンドやピッチとスタンドを狭める工事、半透明の片持ち梁式の屋根を付設するなど現在のスタジアムに近い姿へと変化した。
2007年には、UEFAチャンピオンズリーグ2008-09 決勝を開催するために主にスタジアムの安全性向上に観点を置いた改修工事がスタートした。ドレッシングルームの整備や全ての座席の取り替え、新しい大型液晶装置の設置など多岐に渡り、竣工後は収容人数が80,000人弱から70,634人まで減少した[3]。
開催された主な大会・イベント
編集サッカー
編集日付 | チーム#1 | 結果 | チーム#2 | ラウンド |
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1968年6月8日 | イングランド | 2-0 | ソビエト連邦 | 3位決定戦 |
1968年6月8日 | イタリア | 1-1 | ユーゴスラビア | 決勝 |
1968年6月10日 | イタリア | 2-0 | ユーゴスラビア | 決勝再試合 |
日付 | チーム#1 | 結果 | チーム#2 | ラウンド |
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1980年6月11日 | チェコスロバキア | 0-1 | 西ドイツ | グループA |
1980年6月14日 | ギリシャ | 1-3 | チェコスロバキア | |
1980年6月18日 | イタリア | 0-0 | ベルギー | グループB |
1980年6月22日 | ベルギー | 1-2 | 西ドイツ | 決勝 |
日付 | チーム#1 | 結果 | チーム#2 | ラウンド |
---|---|---|---|---|
1990年6月9日 | イタリア | 1-0 | オーストリア | グループA |
1990年6月14日 | イタリア | 1-0 | アメリカ合衆国 | |
1990年6月19日 | イタリア | 2-0 | チェコスロバキア | |
1990年6月25日 | イタリア | 2-0 | ウルグアイ | ラウンド16 |
1990年6月30日 | アイルランド | 0-1 | イタリア | 準々決勝 |
1990年7月8日 | 西ドイツ | 1-0 | アルゼンチン | 決勝 |
日付 | チーム#1 | 結果 | チーム#2 | ラウンド |
---|---|---|---|---|
2021年6月11日 | トルコ | 0-3 | イタリア | グループA |
2021年6月16日 | イタリア | 3-0 | スイス | |
2021年6月20日 | イタリア | 1-0 | ウェールズ | |
2021年7月3日 | ウクライナ | 0-4 | イングランド | 準々決勝 |
コンサート
編集日付 | アーティスト | ツアー/イベント | 観客 |
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2005年7月23日 | U2 | Vertigo Tour | 67,002 |
2006年8月6日 | マドンナ | Confessions Tour | 63,054 |
2013年7月6日 | ミューズ | The 2nd Law World Tour | 60,963 |
2019年6月16日 | エド・シーラン | ÷ Tour | 58,959 |
ギャラリー
編集-
1960年のスタジアム
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2011年の空撮
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2008年の内観
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2014年の内観
-
2015年の外観
参考文献
編集- Rossi, Piero Ostilio (1984). Roma : guida all'architettura moderna, 1909-1984. Ilaria Gatti. Roma: Laterza. ISBN 88-420-2509-7. OCLC 12839276
脚注
編集関連項目
編集外部リンク
編集- スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ - ASローマによる公式ウェブサイト
先代 ルジニキ・スタジアム (モスクワ) |
UEFAチャンピオンズリーグ 決勝戦会場 2009 |
次代 サンティアゴ・ベルナベウ (マドリード) |
先代 ヘルシンキ・オリンピックスタジアム ( フィンランド・ヘルシンキ) |
世界陸上競技選手権大会 会場 1987年 |
次代 国立競技場 ( 日本・東京) |