ジェームズ・ステュアート (第4代マリ伯爵)
(ジェームズ・ステュアート (第4代マリ伯)から転送)
第4代マリ伯爵ジェームズ・ステュアート(英語: James Stuart, 4th Earl of Moray、1653年3月4日没)は、スコットランド貴族。出生から1638年までドゥーン卿の儀礼称号を使用した。
生涯
編集第3代マリ伯爵ジェームズ・ステュアートとアン・ゴードン(初代ハントリー侯爵ジョージ・ゴードンの娘)の息子として生まれた[1][2]。
1627年10月18日、マーガレット・ヒューム(Margaret Home、初代ヒューム伯爵アレクサンダー・ヒュームの娘)と結婚、4男4女を儲けた[1]。
- メアリー(1628年 – 1668年5月) - 1650年、第9代アーガイル伯爵アーチボルド・キャンベルと結婚、子供あり
- ジェームズ - 生涯未婚、早世
- アレクサンダー(1701年没) - 第5代マリ伯爵
- フランシス - 子供なし
- アーチボルド(1688年2月没) - スターリング城総督。アン・ヘンダーソン(Anne Henderson、サー・ジョン・ヘンダーソンの娘)と結婚、子供あり
- マーガレット - 初代ダッファス卿アレクサンダー・サザーランドと結婚
- ヘンリエッタ - 1662年、サー・ヒュー・キャンベル(Sir Hugh Campbell)と結婚
- アン(1719年没) - 1666年、デイヴィッド・ロス(David Ross)と結婚
1638年8月6日に父が死去すると、マリ伯爵の爵位を継承した[1]。
1641年11月12日にチャールズ1世よりスパイニー城を与えられた[2]。同時期のイングランド内戦では王党派だったものの、大きな役割を果たすことはなかった[2]。
脚注
編集- ^ a b c d Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (英語) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 1422.
- ^ a b c Cokayne, George Edward, ed. (1893). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (L to M) (英語). Vol. 5 (1st ed.). London: George Bell & Sons. pp. 362–363.
スコットランドの爵位 | ||
---|---|---|
先代 ジェームズ・ステュアート |
マリ伯爵 1638年 – 1653年 |
次代 アレクサンダー・ステュアート |